組長のわがまま




朝方の二日酔いの頭で考えた。


今のは確か、懲役に行ってる組長だよな~


携帯が無い頃の話だ。


どこから電話しているのだろう・・・・「シジミの味噌汁」?





丸の内署に持って来いというのだ。


別件が出て刑務所から逆送されてきたのだろう。


この組長は別れた稲川の男。



この当時は違う住吉の人間と暮らしていた。



ポン中で利いてるときの組長は頭が三枚羽のように切れた。


今回の逆送は企業を恐喝したらしい。



朝から「シジミの味噌汁」を作って持って来いとは・・・



朝方の魚屋のシャッターを思いっきり叩いて旦那を起した。


丁度シジミだけが昨日の残りとして少し余っていた。

しかし刺身は無いと言う。


仕方ないだろう。無いものはないのだ。

逆送になって文句は言わせない。


シジミだけでも十分だ。



それを分けてもらい、すぐに帰って迎え酒のビールの小瓶をラッパ呑みする。


シジミは作っても冷めてしまう。


今度は金物屋だ。


タイガーの保温式の弁当入れを買った。


時間が段々経過してきた


8時までに持って来いという


その前に気になることを組長が言った。


「ちゃんと今日帰るようにしてあげるからちゃんと来いよ・・・」


私に絡んでる事件だ。

直感でそう思う。


嫌な予感はしたくないが行くしかない。

また組長の言葉を信じて行かない訳にもなるまい。


私は本格的にシャブを覚えたのはこの組長からだ。



刑務所に限らず、留置場、拘置所、ここら辺の味噌汁の具は二種類しかなかった。


今は知らないが、そうそう変わる場所ではない。


生ものは食べれない。


食中毒を出してはいけないからだろう。


味噌汁の具は「玉ねぎ」「白菜」この二種類だ。


これも懲役がせっせと作ってるものを自給自足で懲役は食べる。


味噌・醤油は千葉の市川刑務所で懲役が作っている。


全てに近い物が懲役だのみだ。



私は「シジミの味噌汁」を持って丸の内署に出向いた。


今では無理だけど、昔は意外にそういうことは融通が利いたものだ。



丸の内の刑事部屋に入ると、何てこったい!


組長が刑事の机に座って、あちらこちらに電話をしていた。



私に言った「シジミの味噌汁」だ。


そんなに飲みたかったのか・・・・・



そんなことをしている間に、私と同じように言われたであろう組の人間が続々とやってきた。


みんなシジミの味噌汁を持ってきている。


笑ってしまう。


中には立派なマグロの刺身を持ってきた者もいた。


前にこのブログで書いたサギさんだ。


組長の右腕のような人間だった。


あの時間にマグロを持ってくるなんて・・・


なんと涙ぐましい若い衆だ。


今は懲役に行ってるが、出てきたら逢ってみたいサギさん。



時間も10時を過ぎて回りがざわざわしてきた。



私と組長は刑事部長と3人で取調室に入っていたが外の賑やかさは聞こえてくる。


組長も落ち着かない。


私は朝方にかかった電話で「紙で出来たマッチを持って来い」とも言われていた。


今、取調室で私は組長の横にべったりといる。


好きでべったりとしてるわけでもない。



持ってきた「紙のマッチ」を半分に切る作業を机の下でしていた。


そのカモフラージュだ。



組長は私の事件を背負ってくれた。


何でもします!と言いたいがここは狭い取調室。


せめてキスぐらいしか出来なかった。


そのキスの瞬間に私は半分に薄くしたマッチを、組長が着ていたジャージの裾の中に密かに隠し入れていた。


「上手く隠した」

内心そう思いながら組長は外では大手を振って歩いてる男なのに、何でこんなセコイ事をしているのだろうと思っていた。


しかし、これが懲役なのだ。


その反動が外に出ると判る。


組長も人の子だなと内心思っていた。



丸の内の刑事部屋に着流しが吊るしてあった。


組長のものだ。


私が組長とシャブをやっていた頃の話だ。


「何で着流しを着るの?」


「わしは高倉健に憧れているんじゃ」

広島弁だ


「フ~ン、健さんか~」



組長は確かに懲役・満期になるとその着流しを着て入り、出てくる。


まるで東映の映画みたいだ。


それでも私はそんな組長が純で好きだった。



長い取調べの後にドアを開けたら丸の内署の長い机が並べてあった。


その上には「シジミの味噌汁」が何個もあった。



組長は刺身だ果物だ味噌汁だ。。。。。。



全て一口飲んで食べて終わった。


丸ノ内署も粋な計らいをしてくれたものだ。


いい想い出になった。


きっと組長は朝方からアチコチに電話して誰か一人でも味噌汁と刺身を持ってきてくれるものだと思ったに違いない。


丸の内の人間が

「今日は宴会だな」と言う


しかし組長は箸をつけなかった。


みんなの顔を見て、沢山の料理を見て満足したのだろう。



しかし私はポットにカルピスを入れて、多少の酒を入れていった。


それを最初に飲んだ組長は私を睨んだが、旨そうに呑んでいた。


組長も人の子だ。


組長!私の懲役までかぶってくれてありがとう。


私は幾つになってもこの極道と言うものが好きなのかもしれない。


また、そんな自分も好きだ。


最近2チャンネルを見ていたら、その組長は懲役に行ってるらしい。


それでも良いとするか。


私の愛しの男だ。