忘れていた指




今日は事件でもなく犯罪でもない。


探し物をしていたら私の2回目に詰めた指の瓶が見つかった。



そこには日付けと名前が書いてある。


懐かしい私の指だ。


写真をUPしようと思ったが、生ナマしいので一人で眺めていた。


懐かしい自分の指との対面だ。


少し肉ははがれていた。


何年も経つとそうなるのは知っていたが、自分の指でそれを見るとは。



極道が指を詰めた指を、「俺は指を詰めたんだ」という様な態度で手を広げる。


「ばかやろー!」と言いたい!


これで文句がある極道がいたらいつでもコメをくれ。


指なんて他人様が思ってるほど痛くは無いのだ。



骨に神経は無い!


回りの皮膚の神経だけだ。


指を詰めるなんて少しも偉くない!

詰めない極道を私は崇拝している。


したがって私は崇拝どころか、への河童だ。


初めて落としたときは驚いた。


二回目はスッキリした。


一様に言えるのは自分で落とせ!と言いたい。


大概が落としてもらう。


これほど楽なことは無いだろう。



一番は精神的に楽になる。

痛みはその後だ。



探し物をしていた


それは石川力夫の「仁義の墓場」のビデオだ。


散々探しても出てくるのは「山口組・・・・」というものばかり



私は生き方が石川力夫に似ている。


そう思うと何度でも観たくなる。


ビデオだからそれなりの脚色はされているが、若き日の渡哲也が迫真の演技をしているのだ。


今の渡から想像もつかない。


岸谷五郎の「仁義の墓場」も観た


なかなかやってくれるが内容が少し現代風だ。


しかし岸谷にアレだけの演技が出来るとは思わなかった。


いいポン中を演じていた。



探し物の中に木材を削るカンナが出てきた


最初は何だろうと思って裏を見た。




2センチくらいの傷が3個ある。


良く見たら、エンジ色した血痕があった。


このカンナの裏で3人が指を落としたと言うことだ。


それを持って深々と考えていた。


誰の?



私は台所の床で落とした。



何でこんな物があるのだろう。



それはいいとしよう。。。。



私がカタギになってカタギからプロポーズをされた。


「私は墨も入っているし、指も無い!それでもいいの?」



「それは判ってる。でも結婚したい」



数日して包帯を巻いたその男は夜中にやってきた。


「どうしたの?」

と、私は言った


「指を落とせば一緒になれるんだろ・・・」


だったら私が一緒に死んで!って言ったらその男は死んでくれたのだろうか。



今、自分の落とした指をしみじみ眺めながらいる。


私の分身だ。





くれぐれも言いたい!

指なんて詰めるのは痛くないよ。


これで文句がある極道は言ってこい!!

痛くなかったはずだ。


それでも痛いと言おうならば、私が詰めてあげる。