父の知らない娘の姿


「うちの娘を返してください」


亡き父が50代後半の頃、一人で組の門をくぐった。


そして組長の机の前で冒頭の言葉を言ったのだ。



私は逃亡中でいなかったが、私も知らなかったことだ。


公務員の父は酒も呑まず、真面目に働いてきた。


私のようなヤクザな娘がいなければ一生体験しなくてもいいことだったに違いない。


父は、このことを死ぬまで私に言わなかった。


私も耳にして父に聞く勇気もなかった。



私の背中の彫り物の件、指が無い件・・・・


全てをこのときに知ったのだ。


私はたとえ生きていても、親に背中を見せる事はしなかった。


指にしても同じだ。


親が生きてる限り隠し通そうと思っていた。



若い衆が言ったようだが攻める気持ちも無い。


全て本当のことだからだ。



こんな馬鹿な娘になるとは親も思っていなかっただろう。



ある日全国紙の新聞に私の記事が本名で出た。


その頭にS会構成員○○ひろみ・・・・


ソレを見た父は驚いたに違いない。



私は逃亡で疲れ切っていた。


実家に戻ると寝たきりの母が言う


「お前、一緒に死のう・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


いつしまい込んだのか枕の下から包丁を取り出した。


私にそれを向けて自分で死ねという。


「嫌よ!!」


「そう、お母さんはもう疲れた、殺してもいいから・・・」


そういって私に包丁を渡した。


私に母を殺せるわけが無い。


「お母さん!!しっかりして!!大丈夫!」


泣きながら母に向かって叫んでいた。


母は大粒の涙を出して


「これ以上お母さんを苦しめないで頂戴・・・」


歩けない母がベットから立ち上がって私に近寄ってきた。


「早くお母さんを刺しなさい!!」


それまでに聞いたことの無い母の強い口調だった。



後ろで物音がした。


振り返ると父が腰紐を持って蒼白な顔で立っていた。


父は私を母が殺せなかったら首を絞めるつもりだ。



部屋は静まり返っている。


母がまた言った


「みんなで死ねばいいんだよ。」


「私は死にたくない!」


そんな中に父が入ってきて私の頬を思いっきり殴った。


「みんなお前が悪いんだ!!お前は男がいないとダメな女になったのか!」


その言葉は少しショックだった。



「みんなおかしいわ。正気になって!!」



泣いてる母を尻目に私は裸足で家を出た。


殺される・・・・


そこまで我が家は崩壊してしまったのか。


私の責任なんだ・・・・



家に帰って見ると息子が寝ていた。


その顔をじっと眺めてる。


私も殺してしまおうかな・・・・・


両親は心中してるかも知れない。



台所から刺身包丁を持って静かに息子の横に座った。


1時間ぐらい眺めていただろう。


私も死んでやる。



息子の軽い寝息を聞きながら包丁を振りかざした。


そのとき息子の目が開いたのだ。


私の包丁は耳をかすめて枕に深く刺さった。


息子は身じろぎ一つしないで私を見ていた。


息子15歳のときの話しだ。


一度でもそう言うことを考えた自分が情けなくなった。


息子は未だかつてその件には触れない。



そんな父も私の知らない間に亡くなっていた。


遺書に「ひろみには死んだことを伝えるな」と言う文言が書かれている。



未だに父の命日も墓も知らない大バカな娘だ。


唯一の想い出は、家族で話し合うとか旅行に行くとか、記念写真を撮るとかが無い家族だった。


パクられて両親の面会は来るたびに断ったが、最後に1回だけ面会をした。


小さな部屋で、母は今にも泣きそうな顔で私を見ている。


父は無言だ。


一言、小さな声で「バカ」と優しく言った


その言葉を聞いたとたんに私の涙腺は切れた。


親子3人が泣きながら同じ部屋にいる。


私にとってかけがえの無い思い出に変わった。


その後房に帰っても目が赤く、暫く両親のことを考えていた。


あの時に誰も死ななくて良かったと哀しく思う。


息子にもすまないと思うのは当たり前だ。


生きてこそ今語れる