忘れられない男がいた。


18歳の時に同棲をしていたのだ。


真面目で優しく、まるで神田川の世界だった。

2人で銭湯に行き、帰りは冷え切って手をつないで帰った。


智之と言う名前だ。

同じ18歳だった。T大学の学生だ。


私にもこんな純な時代があったのだ。



時代は遡って、高校時代には知り合いで半グレのような男と付き合っていた。

それなりに、その男と遊びまわり楽しい高校生活だ。

正門まで車で迎えに来ていて、他の生徒をからかったりしていた。


この件で私は職員室に何回か呼ばれて、生活を正すようにと言われる。


しかし、そんなことを守るタマではなかった。

車は二台に増える。

そこに乗る生徒が増える。


パブで飲んで騒いで散々遊んだ。

学校はいつも二日酔いだ。

その後の人生の基盤ができたのはこの時期だろう。


卒業と同時に私は就職をして、いくらか真面目にならざる得なかった。


それも束の間だ。

その就職先で智之と言う男と知り合う。

お決まりの家出、同棲。


お金は無かったが、それでも幸せで楽しかった。

若さだろう。


親は泣いていた。

捜索願いを出されてすぐに見つかったのだ。


どのくらいしてからだろう。

半グレの男、峰雄とバッタリ逢った。

懐かしさで智之のことなど忘れていた。

でも同棲はしていたのだ。


峰雄が同棲してるアパートについて来る。

智之のことなど私も峰雄も考えてもいなかったのだろう。

なんて軽薄なな女だったのか・・・・


夜になると智之が帰ってくる時間だ。

峰雄は帰るそぶりさえ見せない。


「帰らないの?」


「オレ、今日からここで暮らすよ」


「はあ~!!?」


「そんな男なんて荷物も無いんだから追い出せよ!」


「そうね・・・・・」


そんな会話をしていると智之が帰ってきた。

喧嘩にはならないだろう。

まるで人種が違う。


平和主義の智之。

暴力的な峰雄。


智之がドアを開けた。

狭い部屋だ・・・・・

峰雄と目と目が合う。


峰雄が口火を切った

「オレ、今日からここに住むから、お前入ってくるなよ!」

そう言うと智之を出して、ドアを閉めてカギをかけた。


忘れもしない、私がヤクザの男と関わることになった日の出来事だ。


翌日、朝刊を取りにドアを開けたら、そこに智之が泣いて座っていた。

真冬で寒かっただろうにと思った。


「何してんの!早く出ていって!」

私はまさかいるとは思わなかった。

しかし、そんな言葉が出てしまった。


アパートの階段を降りていくその後ろ姿は今でも脳裏に残っている。

小さく見えた・・・


今まで生きてきて、何てヒドイ女だったんだろうと今でも思っている。

消せれば消したい過去だった。


峰雄は半グレで、ポン中だ。高校の頃からだ。

彫り物を入れに行くと2日は帰ってこない。

まるで鉄砲玉のような男だった。


私が始めてシャブを覚えたのは峰雄との生活の中でだ。

それまでシャブと言うものを見たことがなかったので、最初は何だろうと思っていた。


切れ目を味わうことになるのも時間の問題だった。


グッタリと寝ている。


峰雄は効かしていたのだろう。

割り箸に木綿針を何本か糸で巻きつけている。


私のモモに花を彫ってくれると言いながらインクに針を浸す。

切れ目だった私は、好きな様にしてくれと言った。

目をつぶって寝ていたがチクチクと痛かった。


出来上がった「・・・・・・・・」


「何?これ!!」


「ちょっと失敗だな」

軽く峰雄が言う。


冗談じゃない!花の形が女のアソコのデザインになっている。

トイレの落書きじゃないんだ!


暫くは恥ずかしくてどこに行っても手で隠していた。

温泉でもプールでもだ。


私が写真にある牡丹の彫り物を入れたのは、彫り師に相談して決めた牡丹の花だ。


牡丹を彫ったのはそんな経緯があった。


彫り師もいたずらの女のアソコの形に沿って牡丹の花を書いてくれたのだ。

この彫り師も、シャブを舐めながら彫っていた。

でも感謝したものだ。


私が、彫り物を入れた理由、シャブを始めた時期。


そんな昔のことを何となく思い出してしまった。


智之とそんな別れをして7年後。

歌舞伎町の風林会館の信号に立っていた。

信号の向うに智之が立っている。

偶然の出逢いだ・・・


顔も変わらずに私達は見詰め合っていた。


信号が青になっても渡れなかった。

智之の方から3回目の青信号になって渡ってきたのだ。


変わらぬ笑顔で渡ってくる。

「久しぶり・・・・」


どちらかとも無く笑っていた。


智之が5分もしないうちに言った

「女房、子供と別れるから一緒に暮らそう」と。

(あー、結婚をしたんだ・・・・)


聞きたく無い言葉だった。

私は女房を捨てるような男に、ずっと申し訳無いと思いながらいたのだ。


「私も結婚したの。さよなら・・・・」

嘘をついた・・・・


そのまま振りかえらずに歩き出した。

その後何の後悔も無くなった