裁判所と言うのは極悪な事件を扱っている割には静寂さがある。

自分の歩く足音が廊下に響く。


もう何年前になるだろうか・・・・・・


顔見知りの若い衆の裁判の傍聴に出かけた。

若い衆も私も、神妙な顔で裁判の進行を聞いている。


判決の日だったのだ。



良く昔から言われたものだ。

「しかし」がつけばいいねと。


しかし・・とは知ってる人も多いだろう。

裁判官の判決の懲役何年の後に、しかし、がつくと執行猶予になるのだ。


そのままダラダラと罪状を話し始めると、実刑が確定する。


若い衆に、裁判官が「しかし・・・」と言った!


その瞬間、傍聴席にいる私に背中でVサインをしたのだ。


私も、軽く咳払いをして、その返事に応えた。


罪名はシャブだったが、初犯で使用だけだった。

ヤクザの看板料」も付くのだろうが、大して大きな事件ではない。


判決が出れば、そのまま帰れるのだが、荷物の整理や手続き時間がかかるのだ。


私はこの時期は3回目の離婚の後で身軽な体だったのだ。


この若い衆から手紙で裁判の判決には来て欲しいと言われていたので行ったまでだ。

組の人間は心証が悪いと思い行かない。

これは良くあることだ。


行っても1~2名だろう。


裁判官も判決ギリギリまで迷う人もいるらしい。

法廷で考えてた判決より重い判決に変わる場合もある。


これが一番恐い・・・・


判決も出たし、私は傍聴席を立って外の廊下に出た。


各部屋の壁には何時にどんな裁判があのか書いてある。

実録の映画を生で見るようだ。


私が裁判を受けた時は最悪だった。

どこかの学校の見学でセコイ裁判なのに、大勢の人が傍聴していて、少し上がってしまったのを思い出していた。


各部屋を見るとシャブばかりだ。


時間があったのでそのシャブの事件でも傍聴しようと中に入った。


既に裁判は始まっていた。


シャブで狂って交番を襲撃したらしい。


シャブとは、そんなクスリなのだ。

この男も幻覚に走ったに違いない。


そうでなければ、ただ気が大きくなって交番を襲撃したのか・・・


そのあたりは聞けなかった。


検事が男の生い立ちを話し始めた。


静かに聞いてるうちに妙な感じになってきた。

私の裁判か?


その男と生い立ちが似ている。


私は、だんだんとその男に興味を持ち始めた。

末端のヤクザだ。

シノギの仕方も知らない新人さんだった。


図体はでかく、185ぐらいはあるだろう。


惚れた!!


この男に私の人生を預けてみようかな・・・


裁判が終わり、弁護士が出てくるのを待った。


廊下で弁護士と話せる時間を作ってくれた。


唐突に

「私、あの被告人と結婚したいんですが。連絡を取ってくれますか・・」


弁護士は「はあ~っつ!!」と言ったが・・・・


私の熱意が通じたようだ。


数回は傍聴しているため男も私の顔を覚えていた。


何か得体の知れない胸騒ぎが起こった。

初恋でもないのに、何か心が踊る。


私は婚姻届を持って拘置所に面会に出かけた。


面会室の中で待っていると、男が入ってきて顔を赤らめていた。


「はじめまして、裁判では顔を見ているのですが、こうして話すのは初めてですね」

私から口火を切った。


無口なのか、驚いているのか、余り返答が無い。


私も困った。

でも時間が無い!


「貴方と結婚したくて、今日きました」


「えっつ!!」


「私、貴方について行きたいと思ったんです」

暫く時間が過ぎる。


「ハイ!!分かりました」

男の短い返事だった。


短い面会時間ではこれがせいぜいだった。


婚姻届の用紙を見せて、帰りに差し入れを一緒にして中に届けた


3~4日して1通の封筒が届いたのだ。

拘置所からだった。


中を開けるとサインした用紙が、7枚の手紙と一緒に入っていた。


この日から私には獄中の亭主が出来た。


それからが、大変な毎日になろうとは夢にも思っていなかった。

獄中結婚の大変さを思い知ることになる・・・・・・


実刑1年4ヶ月