話題作と戦後70年
こんにちは、ベル子です。
去年くらいから、記憶力の衰えを自覚しだしました。
きっかけは、時差出勤のため、遅く出勤してきた職員に
「朝礼で何か伝達あった?」ときかれ、
朝礼から2時間ほどしかたっていないのに、
「うーん?」と考えに考えてもいっこも思いつかず、 
全く伝えられなかった、という衝撃の体験をしてからです。 
以来、「自分は、記憶力が衰えている」という前提のもと、
朝礼をもっと真剣に聞き、

思い出せない事柄を知るために、安易にネット検索に頼らず、

じたばたと思い出す努力をしてみる、

というのを、自分に課すようにしています。
なので、 「忘却」 「老化」 などに関心が向くようになりました。
そんな私のハートをつかむ話題作を2編、夏の終わりに読みました。
ひとつは、著者10年ぶりの新作
という
『忘れられた巨人』 カズオ・イシグロ/著 (早川書房)です。
舞台は、アーサー王伝説がまだ生々しい中世イングランド。
主人公は、アクセルとベアトリスという老夫婦。 

二人は、昔のことも、最近のことも、
いろいろと思い出せないことが増えていました。 
ところが、思い出せないのは、二人に限ったことではなく、 
村の人たちも皆、あらゆることを忘れているようなのです。 
それは、不思議な霧のせいらしいのですが・・・。
老夫婦は、村を離れ、遠くに住む息子を訪ねる旅に出ます。
かなり読み進んでも、 「もやもやと思い出せない感じ」 が続きます。
根気強く、霧が晴れるのを期待して読みました。
ところが、思ってたのと全然違う感想が、ラスト手前くらいで
ブワーッとわきあがってきて、自分でもびっくりしてしまいました。

そうか、この物語は、壮大なたとえ話なんだ、と気づいた瞬間でした。
戦後70年の夏に読んだからか、
大きな戦争を忘れること、忘れないこと。
それはいいことなのか、悪しきことなのか。
そんなことを何度も何度も考えました。
本編では具体的にひとつも語られていない事柄について
考えをめぐらせることになる読書。
私には、はじめての経験でした。
「カズオ・イシグロ」恐るべし。
その後、あの芥川賞受賞作
「スクラップ・アンド・ビルド」 羽田圭介/著
(『文學界』 2015年3月号)
を読みました。
28歳の就職浪人の健斗が、同居の祖父を介護する話です。
私の「老化」への関心は、この小説のテーマ、「老人介護」にもひっかかったのです。
翻訳ものの「カズオ・イシグロ」の後だったので、
日本の若者が出てくる日本が舞台の小説は、大変読みやすく、
スピード感があり、コミカルでおもしろかったです。
ところが、祖父は戦争体験者ということで、戦時中のことを口走るシーンが。
戦後70年の影は、ここにも。
でも、祖父の言う話と、
伝聞ではあるが、親戚などが認識している、戦時中の祖父が食い違っている。
真相を知るような人は皆、もう亡くなっていて、確かめようがない。
記憶は、いいかげんなものなんだな、と思います。
でも、それをきっかけに健斗は「桜花」という特攻機について調べます。
それを読んだ私も「へえ」となります。
健斗と、私をはじめ多数の読者は、
間接的に、戦争を知ることに。
そういう積み重ねが、大事なのかもしれませんね。
図書館の資料は、「そういう積み重ね」の宝庫です。 
とっかかりは何であれ、まずは手にとって読んでみてくださいね。