(続々) 漱石の『こころ』について | さばとごはん

(続々) 漱石の『こころ』について

こんにちは、寿康です。

毎日暑い日が続いています。

秋風が待ちどうしいです。


さて

今日もこりずに漱石の『こころ』について書きます。

前回は、Kは何故自殺したのかという疑問について

先生の裏切りや失恋の為ではなく、Kは自分が唯一拠り所としていた

自己の意思の力に絶望したゆえに自殺したのではないかと言う事を書きました。


今日は

何故先生は奥さんに全てを打ち明けて、孤独から逃れ様としなかったのか

という疑問に就いて書きます。


先生は希望どうりに、お嬢さんと結婚します。

しかし、希望とは反対にKの死の影に脅かされる日々が待っていました。

その状況を本文から引用します。


「私は妻と顔を合わせているうちに、卒然Kに脅かされるのです。つまり妻が中間に

立って、kと私を何処までも結び付けてはなさないようにするのです。妻の何処にも

不足を感じない私は、ただこの一点に於いて彼女を遠ざけたがりました。」

(本文より引用)


しかし、遠ざけられた奥さんは悩まざるを得ません。

先生に対して

「あなたは私を嫌っていらっしゃるんでしょう」

 とか

「何でも私に隠していらっしゃる事があるに違いない」

と問わずにはいられません。


その悲痛な奥さんの問いに対して、先生は自分がKを裏切って死に

追い込んだ事を話せません。

そこに私は先生の自尊心を見ます。


妻に対して、自分は親友を裏切った卑怯な男である事を

告げる事が出来ません。

先生は何度も奥さんに全てを打ち明けようとします。


しかし、その度に

「然しいざという間際になると自分以外のある力が不意に来て

私を抑え付けるのです。」(本文より引用)


この「自分以外のある力」こそが、先生の最後に残された

自尊心だと思います。

愛する妻に、自分は親友を裏切り死に追いやった

卑劣な男だと思われたくないのです。


先生は、Kが自殺したその夜、Kの遺体を前にして

「それでも私はついに私を忘れる事が出来ませんでした。

私はすぐに机の上に置いてある手紙に眼を着けました。」

(本文より引用)

と告白しています。


先生が最も恐れた事は、Kの遺書の中で、先生の卑劣な

裏切り行為が暴かれる事でした。

そして、その事を知った奥さんやお嬢さんに軽蔑される事でした。


しかし、Kの遺書には

「自分は薄志弱行で到底行先の望みがないから、自殺する」

(本文より引用)

という事だけが書かれた簡単なものでした。

先生への非難めいた事は何も書かれていないのです。


そして、その遺書を読んだ先生は

「まず助かったと思いました。」(本文より引用)

とあります。


ここに、私は人間の自尊心のすさまじさが

描かれていると思います。

親友の死を前にしても、自分の事しか考えられない自分が

えぐりだされている様に思えます。


漱石はこの小説を通して、人間は自分以上に人を愛せない者

だという事を冷静に書き綴っています。


先生は自尊心という高い壁に阻まれて、奥さんに全てを

打ち明ける事が出来ませんでした。

そして、その結果奥さんとわかり合う事が出来ずに

孤独の内に自らの命を絶ちます。


先生の過去から真面目に教訓を得たいという、私に対して先生は

「私は死ぬ前にたった一人で好いから、他を信用して死にたいと思っている。

あなたはそのたった一人になれますか。」(本文より引用)

と念をおされます。


そのうえで先生は自らの暗い過去を、善悪とともに私に遺書として

残します。

先生はその青年である私に、自分の果たしえなかった願いを

託してその生涯を終えていきます。


先生が私に託した願いとは


自尊心の壁を乗り越えて

最も身近にいる人とわかり合って

共に生きたいという願いだと思います。


世の中で、たった一人でいいから

あなたが大切だと 言い合える人に出会い

共に生きるという事であったと思います。


かた苦しい話ですみません。


今日は、このへんで

失礼します。