こんにちは。

 

昨夜から朝にかけて高血糖が続いて、頻尿と口喝で眠りが妨げられて

全然眠れませんでした。泣き笑い

 

そして、明日から開催される糖尿病学会、

実は患者さんのお話を聞く企画があり、

それに想いを馳せていたらなんだか色々溢れてきて、

久しぶりに病気のことで枕を濡らして一夜を過ごしました。

 

このブログを見ている患者さんの中にも参加される方いらっしゃいますかね?キラキラ

私は患者会などには参加したことがなくて、患者さん同士の繋がりはないのですが

色々とお世話になった専門医の先生方に会えるのではないかと密かに思っていて

とっても楽しみにしています。

あとはお世話になった先輩栄養士なども多分参加される方がいらっしゃるので、

少しでも成長した姿で会いたいなあと思っています。

成長していないかもしれませんが、泣き笑い

 

まあお察しの通り、私の数値はあまり褒められたものではなく、

あまりというか全然真顔

 

で、『そろそろ病気の受け入れを、、、』とか『病気の受け入れはできている?』

 

って、本当に色々な立場の医療者から言われてきました。

これ結構さらりと聞かれてしまうんですよね。

 

え。

えー。

こんなの、誰も受け入れたくないはずなのに、何でもないかのように聞くんだなあ。

 

って言われたときはそんな印象を持ちました。

 

そう聞かれるってことは、私って病気の受け入れできていないってこと?

できていないから、こんなに私はダメなのだろうか?

そもそも、受け入れってどうしたら受け入れられているってことになるのか?

 

私は、自分が1型糖尿病であるということを理解していて、

インスリンがないと生きていけないことも理解していて、

いつも病気は自分自身と一緒にいて、受け入れる、受け入れないに関わらず

嫌でもその存在を無視なんてしてこなかったけどなあ。

 

『糖尿病を受け入れた』『受け入れられていない』その境界線って

一体何なのだろうかと・・・

 

もし、私が現状受け入れられていなくて、数値が悪いのだとしたら

私は数値を良くしたいから受け入れたい、

どうしたら「受け入れた」になるんでしょうか?

 

もし、1型先輩に会ってお話することがあれば

そこら辺の気持ちの部分?ぜひ聞いてみたい。

 

私は劇症型で、発症の仕方が急激だったので、

こういう気持ちの部分はとても未熟かもしれません。。。

明日の3日間の学会で、同じ1型さんのお話を聞いて、

何か収穫があればいいなあと少しばかりの期待と、

他の糖尿病患者さん、こんなに立派に生きているという現実に打ちのめされて、

劣等感を感じて落ち込むのではないかと不安とがあって、結構今感情が忙しいです。

 

今日はさすがにしっかり寝られるといいな泣き笑い