私が去年の転勤先で住んでいた場所が

たまたま親戚のおばちゃんと隣の駅で、

 

時々娘を連れて

おばちゃんのおうちに遊びに行っていました。

 


ある日おばちゃんと娘と

お出かけをすることになって

 

ディズニーストアへ行ったのですが

 


そのときに

おばちゃんが娘にプレゼントを

買ってあげると言った後、

 


「さやかもほしいものえらび」

と言ってくれました。

 


私はそういうときに、

 

「ありがとう」より「申し訳ない」

の気持ちになり


素直に受け取ることが本当に苦手なのですが

 

 

「遠慮してんとはやくえらびなさい」

と言ってくれて

 

最終的に、

 

「これがええやん!」


と、おばちゃんが

ミニーちゃんの絵がプリントされている

パジャマをすすめてくれました。

 

 


私は、

「かわいいけど、

もういい歳だしさすがにこれは着れないかもあせる

と言ったのですが、

 

「そんなもったいないこと言ってたらあかんで!」

 

と、そのままレジへ笑

 

 


ありがたく頂いたものの、

 

 そのミニーちゃんのパジャマを着たら

 

夫にバカにされそうだし

 

とか言い訳しながら

本当は着てる自分が恥ずかしくなりそうで

 

なかなか着られないまま

しまってありました。

 

 

 

先日、ふとそのパジャマのことを

思いだして

 

なんとなく着てみようと思い

おそるおそる着てみました

 

 

そうしたら


あれ、意外と大丈夫じゃん

となり、

 

夫は「なんやそれダサ」て言ってたけど笑 

娘は、ママがミニーちゃんを着てることに

異様に喜んでくれたし☺︎

 

 

何よりも、着てみると自然と


おばちゃんが私のために

買ってくれたのが嬉しい~

 

と、すごく温かい気持ちになれて


ここへきて

やっとおばちゃんの愛を素直に受け取りました✿

 

 


なんだか、

着るのが恥ずかしいから

なんて理由でずっとしまっていたことが

恥ずかしくなり


私は今までこうやって


無意識に、愛の受け取り拒否をしてたことが

 

たくさんあるんだろうなぁ

 

と感じました。

 

 



買ってくれるって言われた時も、


せかっくの私への優しい気持ちを

「申し訳ない」なんていって

素直に受け取らないなんて、

 

そのほうがよっぽど申し訳ないことしてたな

 



特に自分が親になると、

娘に買ってもらうことは増えても


自分にプレゼントを買ってもらうなんてことは

なかったので、

 自分が子どもに戻ったような気持ちで

 

嬉しいなぁ~

私のことも大切に思ってくれてるんだなぁ

 

とこのパジャマを着るたびに

温かくなります^^

 

 

ずっとしまったままにしていてごめんね

 

本当にありがとう~♡

 



これからは、


「すみません」「申し訳ないですあせる

ではなく


愛を受け取る気持ちで、素直に

「ありがとうございます(*^^*)」


と言えるように意識しようと思います❀

 

 

 

今日は、乳幼児の子育てについてですさくらんぼ

 

 

 

私は、これまで系列の違う

4つの保育園で働いたのですが、

 

やはりそれぞれ理念や保育内容が異なります。

 

 

その中で、私が最後に働いていた園では

 

「見守る保育(藤森メソッド)」という保育をしていました。

 

 

 

 

この「見守る保育」とは、

 

現在も

せいがの森保育園の園長先生である

藤森平司先生が考案された保育です。

 

この「見守る保育」を実践している園は

全国に500園以上あり、

最近では中国や韓国、シンガポールにも広まっています。

 

 

 

具体的にどんな内容の保育をしているのか、

ご興味のある方は是非ご覧になってみて下さい^^

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以下、藤森先生の著書より一部抜粋します

 

 

 𖡼••┈┈••𖡼••┈┈••𖡼••┈┈••𖡼••┈┈••𖡼

 

 

戦後の教育は、みんなが一斉に同じことをやることが

 国力を強化するために大事でした。

 

その時代はそれでよかったのですが、

 

いまだにそれを引きずっているのは

日本だけかもしれませんね。

 

現代はどんな人間が必要とされているのか

世界的な観点からみると、

 

 

自分自身が判断を下し

自分自身の意見を言って

自分自身の生き方ができる人です。

(※非認知能力)

 

 

そうした人間を育てることが

これからの教育、子育てなんですね。

 

でも好き勝手に一人で生きるのとは違いますよ。

 

自分の意見を通すには、

 

他の人を説得しなければいけないし

人との関わりの中でしか自分なんてありえないわけです。

 

だからコミュニケーションが大事だし、

人間の温かさ、命の大切さも

きちんと教える必要があるのです。

 

 

 𖡼••┈┈••𖡼••┈┈••𖡼••┈┈••𖡼••┈┈••𖡼

 

※非認知能力とは

自己肯定感、他者への思いやり、自分で考える力、

何にでも挑戦する意欲など

学力やIQなどで数値化することのできない「生きる力」のこと

 

 

 

 

「見守る保育」が大切にしているのは

やってあげるのではなく、

やることを見守るということ

 

 

ただ見ているということではなく、

子どもたちが助けを求めてきたときには

すぐに対応し、

 

どんな感情もそのまま受け止めます。

 

 

そして、子どもたちが自発的に

やりたいことができる環境を用意します。

 

 

 

子どもたちは

いつでも助けを求めたら受け止めてもらえる

安全基地があるからこそ

 

自分は大切にされている存在なのだと感じられ

 

安心して、なんでも「やってみよう」

という自主性が育つのですね。

 

 

子どもの意欲、成長などを奪わないように

大人はあくまでも補助的な役割です。

 

 

待機児童や保育士不足など

今の現状では難しいこともありますが

 

 

子どもが自分で選択できる環境があって、

こんな風に見守ってくれる保育が

 

今後も広がっていくといいなぁと思いますクローバー

 

 

前回、前々回と

産後うつになったときのお話しを書きましたが

 

 

 

今日は、

前々回の記事☟で書いた

 

 

 

 

 

 

産後うつで何もできなくなったわたしに

 

夫から

いつになったら普通の主婦になれんの?

 

と言われ心が崩壊した出来事についてです。

 

 

 

 

 

宇宙の法則で見ると、

 

 

相手にされたと感じたことは

先に自分が相手に対して感じさせています

 

 

 

 

この出来事でいうと、

 

「いつになったら普通の主婦になれんの?」

 

と言われて

 

 

 

私がどう感じたか

   ↑↑↑

 

この部分が、

私が先に夫に感じさせていた部分になります

 

 

 

 

𓂃 𓇠 𓂅 𓈒𓏸𓐍 𓇢𓂃 𓇠 𓂅 𓈒𓏸𓐍 𓇢𓂃 𓇠 𓂅 𓈒𓏸𓐍 𓇢

 

 

 

 

私はこの言葉を言われたときに

どう感じたかを見ていくと

 

 

 

「わかってもらえない」

 

「大切にされてない」

 

 

という被害者意識

 

 

 

 

「私のせいで

夫にしんどい思いをさせている」

 

「私が笑えないせいで

夫にも息苦しい思いをさせている」

 

 

という加害者意識の両方がありました。

 

 

これを、私が先に夫に感じさせていたということ。

 

 

 

 

 

まず、

わかってもらえない

 

大切にされていない

 

という被害者意識については、

 

 

 

夫は

私が無表情、無気力の状態になってから

 

それをなんとかしようと

 

 

笑わせようと面白いことを言ったり

 

お出かけに誘ってくれたりしていました

 

 

 

 

けれども、私はいつも遠い目をして

ピクリとも笑えなかったし

 

お出かけをするような元気もありませんでした

 

 

 

 

元気づけようとしてくれている

夫の気持ちはわかっていましたが

 

 

そのときは、

 

相手の気持ちを配慮できるような

 精神状態になかったので

 

 

夫が何を話しかけても

何を働きかけても

 

ただただ無表情、無気力なわたしが

そこにいるだけでした。

 

 

 

 

そんな私を見て、

夫はきっと

 

こんなにどうにかしようと色々やってるのに

 

わかってもらえない

 

 

自分のことには見向きもせず

 

大切にされてない

 

 

きっとそんな風に思っていたんじゃないかなぁ

と思います。

 

 

 

 

 

そして、

私のせいで

しんどい、息苦しい思いをさせている

 

 

という加害者意識については、

 

 

 

夫は、

私がしんどい思いをしていても

 

何も力になれないことに無力感を感じて

 

 

自分が何も力になれないせいで

私がしんどい思いをしている

 

 

と思っていたのかもしれないなぁ

と想像できます。

 

 

 

こんな風に見ていくと、

 

全て先に私が夫に対して感じさせていた。

 

そして、

 

夫は私のことを大切にしてくれているし、

 

大切だからこそ色々と考えてくれていた

 

という真実が見えました。

 

 

 

𓂃 𓇠 𓂅 𓈒𓏸𓐍 𓇢𓂃 𓇠 𓂅 𓈒𓏸𓐍 𓇢𓂃 𓇠 𓂅 𓈒𓏸𓐍 𓇢

 

 

 

 

どんな言葉を言われたか

 

ではなくて、

 

それを言われて自分がどう感じたか?

 

 

を見ていくと、自分で思いもしなかった

答えにたどりつきます

 

 

 

 

一部を切り取るとひどいと感じる言葉でも

 

前後を見ると全然違ってきます。

 

 

 

UMIを学んでいなかったら、

 

私は被害者意識のまま、

 

きっとこの言葉を

ずーっと根にもっていたと思います

きっととゆうか、確実に根にもっていましたね😇

 

 

 

 

 

そしてそして、

 

宇宙の法則は

 

 

自分が感じることを

 

相手に対して感じさせているだけでなく

 

 

 

自分が自分自身に対して

 

感じさせていることでもあります

 

 

 

 

この出来事でいうと、

 

 

「私は私のことを大切にしていない」

 

 

「私は私のことをわかっていない」

 

 

ということになりますが、

 

もうそのままその通りですよねあせる

 

 

自分の辛さをわかってあげようとせず、

 

大切に労わってあげられませんでした。

 

 

 

 

 

こんな風に、

 

ただただ自分の出したものが

返ってきただけ。

 

 

 

不快に思う出来事が起きても

 

それはだれのせいでもない。

 

 

相手のせいでも、自分のせいでもない。

 

 

その出来事から何を感じ、何を学ぶのか。

 

 

人生まるごと大切な学びですね(*^^*)

 

 

 

お読みいただきありがとうございましたクローバー

 

 

 

 

 

 

 

今日は昨日の続きです。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

私は、母との関係もあり

 

 

人の頼り方、甘え方がわかりませんでした。

 

 

 

「なんでも自分で頑張らなくてはいけない」

 

という思いと

 

 

「一人でできる!というプライド」が

 

じゃまをしていたように思います。

 

 

 

 

 

産後うつになったとき、

 

 私は

 

目の前の小さな命を守る責任感と恐怖、

 

 

~しなければいけない

 

~するべき

 

 

 という自分の中の制限

がちがちに縛られていました。

 

 

 

まわりに助けを求めず

ひとりで抱え込み

 

 

 

でも本当の心の中は

「だれか助けて」

ってゆう気持ちでいっぱいだった。

 

 

 

 

その気持ちに蓋をした結果、

自分で自分を追い込み

 

産後うつの症状になったのですが

 

 

 

 

もしそのときに

 

例えば夫から

 

 

「頑張らなくていいよ」

と言われても、

 

素直に受け取れなかったと思います。

 

 

 

 

頑張るのをやめることを

自分に許してあげられなった。

 

 

それはなぜか?

 

 

 

頑張るのをやめたら、

 

 

私は存在する意味がなくなる

 

 

私はだれにも必要とされなくなる

 

 

そうなるなら消えてしまいたい

 

 

 

そんな風に潜在意識(無意識)で

感じていたんです。

 

 

 

 

 

けれど、身内ではない

 

そして産後の身体のことをよく知る

助産師さんから

 

 

「おっぱいあげたり、おむつ換えたり

 時々抱っこしてあげるだけでじゅうぶんですよ」

 

 

と言ってもらえたことで、

 

初めてがちがちだった制限が緩みました。

 

 

 

 

それが産後初めて、

 

自分に頑張らないことを

ゆるしてあげられた瞬間でした。

 

 

 

 

あのときの感覚は鮮明に覚えていて

 

心がふわぁ~っと軽くなる

 

呪いが解けたような感覚でした。

 

 

 

それまでも

自分に厳しく生きてきたので

 

 

私の場合は

そこまで自分を追い込む経験がなかったら

 

 

今「自分を大切に」

 「自分に優しく」

 

とどんなに意識しようとしても、

 

 

まだ「頑張らなくてはいけない」

と思っている自分が

 

抵抗していただろうなと思います。

 

 

 

 

 でも、これまでの人生を振り返ると

 

 

私はひとりで頑張っていたわけではなかった

 

 

ピンチのとき

必ず誰かが助けてくれたし

 

 

そのままの私を

好きになってくれる人もいた

 

 

 

 

 そして、

頑張ったおかげで嬉しいことも

たくさんあった。

 

 

頑張るわたしもいてよかったし

 

 

頑張らない私がいてもよかったんだ

 

 

 

 

 人を頼ることには

まだ少し苦手意識がありますが

 

 

自分でできないとき、困った時は

 

頼れる人に、

「助けて」を言うことを練習中です☺︎

 

 

そうすると

 

大半は快く助けてもらえて、

心から相手への感謝も生まれる。

 

 

頼られた相手も喜んでくれたり^^

 

 

素直に頼ることも

プラスの循環なんだなぁと実感しています✩

 

 

 

 

頼りたいときは頼って

 

自分で頑張りたいときは頑張ろう

 

 

と思えるようになったことで

 

 

必要以上に自分を追い込むこともなく

自分とうまく付き合えるようになってきました❀

 

 

 

 

 

次回は、

 

前回の記事で

 

夫から

「いつになったら普通の主婦に戻れるの?」

と言われ心が崩壊した。。 

 

いっけん被害者にしか思えない

この出来事が起きた仕組みについて

 

書こうと思います☺︎

 

 

お読みいただきありがとうございましたクローバー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は長年、母と確執があったので

 

娘を出産するとき

里帰りはしませんでしたが

 

 

 

お義母さんが産後2週間ほど

 

泊まりでお手伝いに来てくれたので

とても助かりました。

 

 

 

けれど、

お義母さんが帰ったあとから

 

気付いたときには

 

 

無気力、無表情から

抜け出せない状態になりました。

 

 

 

 

育児の不安だったり

疲労や睡眠不足は

 

だれでもあることなんだから

 

という気持ちと

 

 

 

明らかに自分が自分では

なくなるような感覚もありました。

 

 

何にも興味がなくなり、

ピクリとも笑えない

 

 

判断力も低下し、

何も対応ができない

 

 

テレビの音も

洗濯物を見るのも怖くて、

 

常にだれかに責められているような

 

恐怖と孤独でいっぱいでした。

 

 

 

 

 

産後1カ月くらいの頃に

 

区の保健師さんがきて

 

そのときに

産後うつのチェック表を記入し

 

 

「あなたはがっつり産後うつにあてはまるね~」

と言われ、

 

そのあと時々、その保健師さんが

訪問に来て下さっていました。

 

 

 

保健師さんが訪問してくださるのは

とても有難いことなのですが

 

 

こちらが何も相談していないことを

 

「こうしないとだめよ」

 

「こうしたほうがいいわよ」

 

というタイプの方だったので、

 

( まるで私の母のようで…)

余計にしんどくなってしまい、

 

 

「もう回復したので大丈夫です。

ありがとうございました」

 

とお伝えして

訪問は終わりにしてもらいました。

 

 

 

 

 

 

何もできない状態が続いていたある日

 

 

初めは優しくしてくれていた夫から

 

「いつになったら普通の主婦になれんの?」

 

そのときの私の心が

一瞬で崩壊する

 

強烈な一言を言われ。。

(↑これも私の意識が引き起こした現実でした)

 

異常なくらいに泣く私を見て

 

夫は余計に苛立っていました

 

 

 

 

 

 

そんな中、

私は乳腺炎を繰り返し

 

近所の病院の助産師さんに

マッサージをしてもらいにいっていました。

 

 

そのときに、助産師さんに

 

「わたし、なんにもできないんです。

 あそんであげる気も起きなくて...」

 

というお話をしたら、

 

 

助産師さんが

 

あそばなくたっていいんですよ。

 おっぱいあげて、おむつかえて

 時々抱っこしてるだけでじゅうぶんです。

 

といってくれたんです

 

 

 

 

 

 

わたしは24時間ずーっと

 

できない自分を責めている状態だったので

 

 

「そのままでいいんだよ」と

言ってもらえた気がして

 

 

とっても心が救われたことを覚えています

 

 

 

できないことばかりに意識が向いて

 

何1つできていないような

感覚に陥っていたけれど

 

 

授乳とおむつ換えは

なんとかできてる

 

命は守れてる

 

 

 

 

赤ちゃんにしてあげられることが

 

たくさんあるのは

 

当然わかったうえで、

 

 

 

もしこのときに

 

「こうやって遊ぶといいですよ~」

などと言われていたら

 

また勝手に自分を責めて

 

本当に苦しかったと思います。

 

 

 

 

 

あのときにわたしの状態を察して

 

言葉をかけてくださった助産師さんには

 

感謝してもしきれません。

 

 

 

 

その言葉もきっかけになり

娘が3ヵ月になる頃から

 

徐々に回復してきて

 

 

いつしか元のように

笑うこともできるようになりました。

 

 

 

 

そして、

このときの経験があったおかげで

 

大きなことを学び

 

今の私に繋がっていると思えることが

いくつもあります。

 

 

 

その続きはまた次回書こうと思います

 

 

お読みいただきありがとうございましたクローバー