先日、祖母が亡くなった。

私にとって、最後の祖父母だった。



まだ受け入れきれない部分もあって、書くか迷う気持ちもあったけど

忘れちゃいたくないから綴ることにした。



(昔の写真を見返しても、思い出せないこともあって悔しかったから。その時は他愛もない日常でも、後から振り返ると大切な日々なんだよなって)





母方の母。

私の母の「ちゃんとしなければいけない」を作り上げた母親ともいえる存在。


でも親と祖父母の距離感ならではなのかな。

私は直接的に、祖母に対しては毒親だと感じたことはほぼなかった。



これまでにも祖父母の葬儀に参列したことがあるけど

幼すぎたり、まだ学生だったりで

戦力外というか。


自覚も薄い年代だったというか。

あんまり泣いた記憶がないんだよね。



周りは皆泣いてるのに、泣けなかった気がする。

悲しいけど、泣けない。



「そんな私は変なのかな。」と感じてた。(はず。日が経ちすぎてるからうろ覚えなのが残念だけど。やっぱノートとかブログとか、気持ちや出来事、綴っておけばよかったーって、感じた)





目の前に動かなくなったじいちゃんがいても

ばあちゃんが遺骨になっても


頭で理解はしてるけど

悲しいけど、周りほどは涙が出なかった。(気がする)

一人になってからのほうが泣いてた(気がする)


 

ジャンルは違うけど

小学校、中学校の卒業式でも全く泣けなくて

もらい泣きもできなかった私。



でも今回、自然とボロボロ涙が出てきたのと


それまで泣いてなかったタイミングでも

ばあちゃんとずっと同居してた従姉妹が泣いてるのが視界に入った途端、涙。


もらい泣きなんて、初めてかもしれないレベル。





従姉妹は最近結婚した直後。もうすぐ式の予定だった。

ばあちゃんに、従姉妹の花嫁姿、見届けて欲しかったなーって。

でも報告を聞けて、きっと嬉しかっただろうなーって。



孫のうち、私だけが未婚で

今後の予定も確定はしてないけど、

私も結婚の報告したかったなーって。 


結婚式するなら、来て欲しかったなーって。

ばあちゃんの孫全員、誰も結婚式、やれてない。



・式をしなかった人

・これからの人

・未婚の私



ありがとうと

こうしたかったなと

楽しかった思い出と。





火葬場に行く時は、お別れが嫌すぎて。

ずっと「嫌だなー」って心の中で叫びながら。

叫べない分と言わんばかりに、涙がボロボロ止まらなかった。



でも、昔は泣けなかったシチュエーションで

涙が流れるようになった私自身の変化や


冷たく聞こえるかもしれないけど、

「寂しいけど、出会いもあれば別れもある」と腑に落ちてる私もいて。


自分自身の変化も感じ取れた部分もあった





寂しすぎて嫌なんだけど、

でもきっとこれから先、新しい出会いがあるってことだよね。って。

どこか落ち着きも持ってる感じというか。



もしかしたら、昔私が泣けなかったのは

「“悲しい”しか思っちゃいけない」って思ってたのかな。



いいことも、悪いことも、楽しいことも、悔しいことも、全部あるのに。





泣いてる人の涙は“悲しい”だけを感じていると思ってたかも。

でもまだ私は「“悲しい”を自覚してないし、涙出てこないなぁ。泣けないなぁ」みたいな。



涙の意味=“悲しい”だけだと思ってたかも。



でも今は、感情って一つじゃないんだなって知れたというか。



30歳を過ぎた年齢ってのもあるかもだけど

個人的にはここ3年ほど前から自分と向き合って、考え方を変えたから、今の私だから知れた景色かもな。って感覚が強くて。





この考え方を持てて、よかったな。

日常の生きやすさもだけど、こういう時にもしみじみ感じ取れるものなんだな。


って。



それでね、ばあちゃんにも「ありがとう」なんだけど


今の自分を作り上げてくれた、自分自身にも「ありがとう」の気持ちでいっぱいになった。



で、そんな私がこの世に産まれたのは、ばあちゃんがいたからなんだよなって。


実の母のことを散々過干渉毒親として書いてきたこのブログで、矛盾しちゃうところもあるけど


母を産んでくれて、私をこの世に連れてきてくれて、

沢山面倒見てくれて、優しくしてくれて、

ありがとう。





おじいちゃんとどんな話してるのかな。

美味しいもの食べれてたらいいな。


やりたかったこと、できてたらいいな。

たまには夢のなかに遊びに来てくれたら嬉しいな。


いっぱいありがとう。

これからも見守っててね。



いつかはくる終わり。


でもこんな悲しい思い、極力したくない。

させたくない。



だから生きなきゃ。

健康に生きなきゃな。