「もうしんどいんだ……、」
「翔、」
「もう限界なんだ……、」
「翔おまえ、何を言おうとしてる?」
「俺もうやめたい……、」
「………、」
「だから……、」
言うな。
それを言ったら。
俺らは終わってしまう。
終わったら最後。
俺らは真っ赤な他人に逆戻り。
「だから楽になりたい。あんたのことを忘れないと俺は俺じゃなくなってしまうから」
だけど翔は、そうなることを選んだ。
「ご心配なく、もうこの人には会わないしこんなこともしない」
ごめんな。
思えば俺は、今までずっとおまえのことを傷付けてばかりいた。
そんな身勝手な俺を見限る、無情な声が今でも耳にこびりついて離れない。
本当は俺の方がおまえに縋りたかったんだ。
離れたくなんてなかった。
ずっとずっと、永遠に傍にいて欲しかった。
頼むから。
別れるなんて言わないでくれ。
翔。
翔っ。
「翔っ!!!!」
苦しくて。
「はぁっ、はぁっ、はっ…はぁっ、はぁっ、」
苦しくて、苦しかった。
殺風景な部屋に一人。
息をするのもままならない。
気が付けば頬は涙に濡れていて。
アラサーにもなって一人でいることが怖かった。
だから、なるべくその夢を見ないようにと念じながら毎晩、瞳を閉じた。
それでも悪夢のように何度もうなされるのは、翔が俺から離れていく夢。
その度に起こる発作。
このまま死んでしまうのではないだろうかなんて、恐怖する夜が何度もあった。
『大丈夫だから』
勝手にそう言い残し、彼から離れようとしたのは自分なのに。
だって俺には。
いくら大野さんと別れたからとはいえ簡単に翔に戻る……なんて答えはどうしても出せなくて。
だから無理やり、まるで鉛で圧し潰すように気持ちを抑えて。
いつしか怯んで差し出せなくなったこの手を、何度も力強く掴まれた。
そう。
何度も何度も何度も。
馬鹿の一つ覚えみたいに。
「俺は潤さんが好きだ」
そういえば、思い返せばおまえはいつもそうだったよな。
そんな真っすぐさに、いつだって俺は救われていたよ。
*******
「分かった。俺が先に住むっ!」
翔のそんな提案から、俺らの同棲生活は少しずつ始まって。
最初はあいつってば、冷蔵庫も洗濯機もなにもないこの部屋で、ただ床に転がって寝ていたみたいだけど。
それでも少しずつ時間を合わせて家具や家電を買いそろえ、ようやく普通に過ごせるぐらいまでには生活レベルも上がってきた。
今のところ俺が仕事を終えて帰っても、翔が待っているということはまだ一度もないけれど。
それでも俺が寝ている間に帰ってきた翔が、いつの間にかベッドに潜り込んで。
朝起きた時にそんな翔の寝顔を見られることが、今のところ一番の幸せだと身に染みている。
それに、こうしてまた翔が俺のそばにいてくれるようになって、忌々しい発作は一度も起きなくなった。
「おまえ、安定剤みたいだな」
「……ん、」
「ふっ、」
おまえにとって俺も、そんな存在になれたらいいのに。
いつだっておまえに与えられてばかりで、俺の方がおまえよりもずっとずっと大人なのにさ。
その寝顔があまりにも愛しくて、俺の体に腕を纏わりつかせたまま爆睡する翔の額にキスをした。
もう悩ませたくない。
苦しませたくない。
いつまでもそんな存在で、居続けたくない。
だから。
俺は守るよ。
このかけがえのない時間を。
必死に。


