僕が僕のすべて210 J | 櫻の妄想小説置き場【可塑的かそてき】

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【可塑的かそ・てき】思うように物の形をつくれること。 塑造できること。
主にラブイチャ系よりは切ないネガ多めです。
※このブログにある物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

翔の番号を画面に表示させたまま…、押すか押すまいか。

そう悩んでいる間に他の着信が入って、思わずスマホを落としそうになって慌てて握力を強くした。

その相手はにので、なにか言い忘れたことでもあったのだろうか?と疑問に思いながら応答する。

 

「もしもし、にの?どうかした?」

「あ、潤くん?なんだかさ……外の感じがいつもと違うんだよね」

「外?どんな風に?」

「うん、こんな時間にも関わらずまだ人がいっぱいだし…、それになんだか異様な雰囲気で…」

「それってもしかして…」

「多分…。大埜さんの活動休止っていう衝撃的なニュースで大騒ぎになってるのは当然なんだろうけど、同時に翔ちゃんのファンであろう人たちが凄い人数集まってる。あと…、」

「マスコミ、」

「そう……、」

 

そうか。

俺が想像していた以上に、そこまで大事になってんのか。

大埜さんの休止の理由はもちろん、彼が休止の間のことを翔に任せたことで翔に期待が集まっているのだろう。

そして翔という人間そのものに興味も沸いて……。

きっとこれからの二人は、今まで以上に世間からマークされていく。

 

「にの、教えてくれてサンキュ」

「うん…、気を付けてね」

「分かった」

「じゃ、また明日」

「あぁ、また」

 

にのとの会話を終えて、再びスマホ上に翔の番号を表示させる。

さっきまで躊躇していた指は、あっさりと発信のボタンを押した。

 

「もしもしっ!潤さん!?」

 

そんな俺からの電話に翔は一瞬で応答した。

おそらく俺からの連絡を、今か今かと待ち詫びていたのだろう。

そんな様子を想像しただけでもこんなにも愛おしく感じるし、今すぐにでも抱きしめてやりたい衝動に襲われる。

 

だけど………。

 

「翔ごめん、今夜は会えない」

「え………、」

 

まるで、俺の言っている意味が分からないというような、よれた声。

それもそうか。

だって俺は今、おまえとの約束をいとも簡単に破っているのだから。

それも呆れるほどに悪気もなく。

 

「……嫌だ」

「我儘言うな。しばらく二人で会うのはよそう」

「なんでっ」

「おまえ……自分の立場、もっとちゃんとわきまえた方がいいぞ」

「考えてるよっ!」

 

今の考えてるって言葉…。

スマホだけじゃなくて同じフロアから聞こえた気が。

 

「……翔、」

 

振り返ればドアの前には翔が立っていた。

それはそれはとてつもなく怒りに満ちた表情で。

だけど今にもボロボロに泣き崩れてしまいそうな。

そんな両極端な状況。

 

「おま…え、まさかずっと待ってたのか…?」

「待ってたに決まってんだろっ!」

 

なんでだよ。

疲れてんだろ。

それに明日も仕事だって言ってたじゃないかよ。

それなのに。

 

「なんで待ってんだよ……、」

「待つよっ!」

「なんで……、」

「あんたがっ、そうやって俺からすぐ逃げようとするからだろっ!」

 

逃げる?

俺がいつおまえから逃げたよ。

俺はおまえの幸せを一番に考えていて、そうなるようにっていつだっておまえの未来を危惧して。

おまえのことをなによりも優先してきただろ。

それなのに。

 

「あんたは何か思い違いをしてる」

「はぁ?」

「俺はあんたに守ってもらわなきゃならないほど…、もうガキじゃねぇ」

「翔、」

「世間にどう思われようが俺は俺だ。俺のすべてはあんたで、そんな俺がすべてで、それが俺なんだよ」

 

いい加減分かれよって、相変わらず八の字にした眉が憤りを主張している。

そんな顔を見ていたら、今まで自信を持っていたことが段々とあやふやになっていく。

俺は翔の言うように、なにか思い違いをしていたのだろうか……なんて。

 

『あいつ、強くなったよな…』
『え?』
『翔』
『うん』
『なんかすげぇ強くなった』
『そう?』
『うん。なぁ、にの』
『ん?』
『俺が、あいつのそばにいる意味って…あんのかな』

 

俺が。

あいつのそばにいる意味。

 

「潤さんさえそばにいてくれれば、俺は無敵だ」

 

なぁ、にの。

やっぱりこいつは強いよ。

 

俺なんかよりも、ずっとずっと。