僕が僕のすべて199 S | 櫻の妄想小説置き場【可塑的かそてき】

櫻の妄想小説置き場【可塑的かそてき】

【可塑的かそ・てき】思うように物の形をつくれること。 塑造できること。
主にラブイチャ系よりは切ないネガ多めです。
※このブログにある物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

まずは智くんから先にレコーディングのブースへと入っていった。

そして彼が、ガラス張りのそこでヘッドホンをはめ、それから小さくリズムを刻みながら音を紡いでいく様を、俺はただ茫然と眺めていた。

 

♬~いつかきみが言った忘れそうなその言葉を思い出していた。

 

『そうそう、悪いことしたらまずは謝る、だろ?』
『はい…、』
『素直でよろしい』

 

『ねぇ、潤さん』
『ん?』
『俺がいなくて寂しかった?』
『まぁな』

 

『今日はスーパーに行かずに帰ってきちゃったからなぁ…晩飯なんにする?』

『いらない…』

『ん?バイト先でなんか食ってきた?それともにのんちで飯食ってきたとか?』

『ちげぇよ!食欲ねぇんだよ!!!』

『ちょ、は?なに?熱でもある?』

『ねえよ!』

 

『潤さんっ!』

『おま…え、にのんちに泊るはずじゃ、』

『おかえりっつって』

『…は?』

『潤さんはただおかえりって言えばいいんだよ!』

『おかえり』

 

『俺が好きってなに?こんなオヤジが好きだとかおまえ頭おかしいんじゃねぇの?ちゃんと自分の将来のこと考えてんのかよ。それなのに、んな顔で好きだなんて泣かれたらさ…、泣き虫』

『だって…、』

『そういうのが困るんだよ』

『ごめん…、』

『そんなんだとマジで困るんだよ…、おまえが可愛くて仕方なくて…、ほんとおまえは…、どうせ無自覚にやってんだと思うけど、』

『…な…にを…?』

『だから、いい大人をからうなって言ってんの。人のこと翻弄すんのもいい加減にしろってこと』

『翻弄って…』

『してるだろ?』

『分かんねぇ…』

『分かれよ、おまえ現役慶応大生だろ、頭いいんだろ?』

『そんなんっ、知らねぇよ!ちゃんと言ってくれなきゃ分かんねぇ!』

『バカ…、』

『俺は潤さんが好きだ』

『俺も』

『もっとちゃんと言ってよ』

『俺も翔が好きだよ』

 

『潤さん、俺この恋を人生最後の恋にしたいんだ』

『バカ…おまえ若いくせによく言うよ。それはこっちのセリフだっつーの』

 

『ごめん…、妬いた』

『……は?』

『おまえを大埜さんにとられんじゃないかと思ったら怖くなった』

『なんで…潤さんが、妬くんだよ…』

『当たり前だろ、好きなんだから』

 

初めてこの曲の歌詞を見た時、自分の感情を全くコントロールできなくなった。

容易く蘇るのはどれも潤さんとの想い出ばかり。

そしてその声色も表情も、どれも全て鮮明に思い出すことができた。


♬~ずっと繋いできたその手は嘘じゃないから

戻れるはずもない日が愛おしいよ

でも明日も僕らを待っている

何処へだってまだ行ける

 

そして、いつから潤さんの気持ちは俺へと向かなくなったんだろうと延々と考えて。

だってあの頃の潤さんはいつだって最大級に優しい表情で、いつだって俺のことを見つめてくれていたから。

 

『ごめんな。俺が気付くのが遅かったから』

『潤さ…?』

『でも分かったから』

『分かったって…、』

『ちゃんと分かったから』

 

分かったって?

分かったからってなに?

そんでいつまたあんたと会えるの?

 

俺は。

いつまで我慢すりゃいいの?

 

 

 

 

「翔」

「………」

「翔」

「………」

「おい翔っ」

「……あ、えっ?なに?どうしたっ?」

「おまえ…なんで泣いてんだ?」

 

気が付けば、いつの間にかレコーディングを終えた智くんは俺を見て不思議そうな顔をしていた。

なんで泣いてんだ?って、誰が泣いてんだよ……って、は?

マジだ。

ほっぺた超濡れてる。

 

「泣いてるっていうか……、号泣じゃん」

 

そう言って智くんは、ほれ、と首にかけていたタオルを外して俺へと手渡した。

つか無意識に涙が出るって……情けねぇな俺。

あれほど潤さんの前では「もう泣かない」なんて虚勢を張っていたというのに。

 

「次おまえの番だから、早めに回復しろよ」

「分かってる……」

 

なんとか気持ちを立て直そうと、智くんに借りたタオルで思いっきりぐしぐしと顔を擦れば、

 

"頑張れ!"

 

そんな潤さんのやさしい声が、どこからか聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

今回は回想シーンが多かったなぁw

 

 

 

 

 

 

 

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