書いたラップがボツになったからといって、そこで未来が閉ざされてしまったわけじゃない。
だからこそ今だってこうして、必死に…、必死に…。
「佐倉井翔!慶応大学三年!特技は弁当のおかずを盛り付けることと、音だけで何のフライを揚げているのか聞き分けることです!」
瀧澤さんからレッスンの日取りが決まったと連絡を受けて、よっしゃやってやるぜ!と意気込んで挑んだレッスンにも関わらず、想像していたものとはまるで違うことばかりに時間を費やしまくっている俺。
自己PRを一分以内に言えとか、それならまだ序の口。
これを読めと渡されたテキストを目の当たりにした時には愕然とした。
「拙者、親方と申すはお立会いのうちに御存じのお方もござりましょうが、お江戸を発って二十里上方相洲小田原一色町をお過ぎなされて青物町を登りへおいでなさるれば…」
長くて言い辛い文字の羅列を音読させられる度に、何度も舌がつりそうになった。
俺は一体、何をやらされているのだろう。
そのうち様々なオーディションを受けさせられるようになって、あともう少しの所で役が決まりそうだったなんて聞いた時には正直、決まらなくてよかったとホッと胸をなで下ろした。
俺は別にそんなことがやりたいわけじゃない。
それなのに自分の意とする方向とは全く違う方へと進んでいるような気がして、このままじゃヤバイって本能的に感じていた。
「えっ、翔ちゃんこないだのオーディション、最終選考まで残ったの?」
「そうみたいなんだよ…、マジで焦ったし」
「なんで焦ってんだよ!何か一つでもモノにしなきゃどうしようもないじゃん」
「だってさぁ、俺がやりたいのはそんなんじゃなくてさぁ…ラップなんだって」
そう言ってガシガシとうなじを掻く俺に向かって、雅紀が横ででかいため息をつく。
なんでおまえが呆れんだよ。
おまえなら分かってくれると思ってたのに。
だってさ、俺がどんだけラップに心血を注いでいたか一番そばで見ててくれてたじゃん。
それなのに、ドラマとか映画とか、そんなのやりたくないんだってば。
「翔ちゃん何言ってんの……、いい加減にしなよ。それ言うなら俺だって大阪なんかじゃなくて東京のレストランで働きたいよ!だけど今の俺にはそれしかないの!好きな人のことを離させないぐらい強くなるって約束したじゃん!だから俺頑張ろうって……必死に気持ち奮い立たせてさぁ…なんとか後ろ向きだけにはならないようにって……そう思ってんのに。翔ちゃんがそんなんじゃ……俺の志まであっさりポッキリ折れちゃっても知んないからね!」
「雅紀…、」
「どんなことにも必死でくらいつかなきゃいけない時でしょ!今の俺らってさ、なりふり構ってられない状況でしょ!俺は弱音なんか吐きたくない。もしもそんな俺をかずに見られたら…、もう二度と俺のこと好きになってもらえない気がする……」
ぐうの音も出なかった。
確かに雅紀の言う通りだ。
こんな俺をもし潤さんが見たら…、きっと心底見捨てられる。
雅紀からの喝のおかげで、頭の先から足の指の先までまるっと気持ちを入れ替えた途端に瀧澤さんから事務所においでと連絡が入った。
「佐倉井くん、このあいだ受けたオーディションのことだけど」
「あぁギリギリまでいって、落ちちゃったやつ」
「うん、それなんだけどね?どうやら本決まりだった子が駄目になったみたいでね。先方さんから是非佐倉井くんにお願いしたいってさっき連絡があったんだよ」
「……は?」
いや。
心は入れ替えたよ。
確かに入れ替えた。
だけど急にそれは無理じゃね?
なにがって…。
色々と…。
だからさ、そう、心構えってものがまだ追いついてないっつーかさ。
「いや、いきなりはちょっと……、」
だって俺は、入れ替えた真っ新な心で、よっしゃやるぞー!って雅紀みたいに気持ちを奮い立たせて、いざ出陣!みたいに敵方に乗り込んでって勇ましく刀を振って…って、そういうシナリオを用意してたわけで。
だからそういう不意打ちみたいなやつじゃ、ちょっと怯んでしまうというか、怖気づいてしまうというか。
「いきなりだろうが、そうじゃなかろうがやるしかないんだよ」
「でもっ…、」
「いいか?この役できみは、デビューするんだ」
「デビュー!?」
ってそんなの……、うーそーだーROーーーーーーーーーーーーー!
※どんなドラマでどんな役がいいのだろう…(笑)
