雨が降ると、あの人は泣いてしまうから。
だから俺は今夜も。
夜な夜なあの人がうちへ訪ねてくるのをここで待っている。
あれはいつの夜だっただろう。
珍しく翔くんから連絡があって、だけど内容はあってないようなもので。
「ただ、電話しただけ」
そんな言葉を聞きながら外に目をやれば、窓には無数の雨粒がへばりついていた。
電話の向こう側からスンッと鼻をすする音が聞こえて、外でサアサアと音をたてる雨が、まるでさめざめと彼が泣いているかのような錯覚を覚える。
「今どこ?」
「いや…、大丈夫だから…、」
「いいから教えて、すぐに行く」
居場所を無理やり聞き出すと、俺の住むマンションからわりと近い場所にある公園にいると彼はようやく白状した。
急いで家を飛び出し彼の待つ場所へと向かおうとした。
だけど雨は思っていたよりもひどくて。
翔くんの心が悲鳴をあげているようで、俺は気が気じゃなかった。
そして、
「はっ?」
辿り着いた先で俺は言葉を失った。
彼は傘もささず、激しい雨に打たれて跡形もないほどにぐっしょりと濡れていた。
街灯もない暗い場所だったけど、明らかに憔悴しきった様子で。
そう…彼は確かに泣いていた。
俺が慌ててその頭上に傘をかざすと、翔くんは伏せていた瞼をゆっくりと上げ焦点の定まらない虚ろな瞳のまま俺の肩に額を乗せて…また泣いた。
珍しいこともあるものだ。
いつだって凛然で強いあなたが。
俺からあなたを頼ることはあっても、あなたから頼られるなんてことはほとんど無いに等しいというのに。
そうして、どこをどうしてそうなったのかは分からないけれど、俺はその夜彼に抱かれた。
特別な言葉はなかったと思う。
ずぶ濡れの彼を連れ玄関の内側に入ってすぐに、俺は唇を奪われていた。
生きてるのかどうかさえ疑うぐらいの異様なまでに低い彼の唇の温度に驚いて。
生気のない陶器のような真っ白な肌に相反する真っ赤な唇を、今でもずっと忘れられずにいる。
よろよろとした足つきで向かった寝室のベッドの上になぎ倒された俺の上へと覆いかぶさる翔くんに、
「抱いていい?」
そう聞かれて。
だけど、
「ごめん…、」
間髪入れずにそう言った翔くんは、瞬く間に俺の衣服を剥ぎ取っていった。
今思えば、俺に深くを考えさせないようにわざとそうしていたんだと思う。
なぜならば、その言葉通り…その時はその理由とかその後のこととか、可笑しいほど一切なにも。
なにも…。
今思えばあの時俺がなにか言葉を発していたら、俺とあの人の関係はもっと違っていたのかもしれない。
それでも俺は、その夜彼に抱かれたことを一つも後悔なんかしていないのだから…。
質が悪いよな。
なぁ、翔くん。
それから雨が降ると彼はふらりと俺の家へと訪ねてくるようになった。
俺はそのたびに彼を受け入れた。
そのうち、雨が降るのを待ちわびるようになって。
ずっと雨が降らないことが続くと、ようやくあの人が心から笑えているんじゃないかと嬉しく思う反面、苦しかった。
雨が降らないことが、もう俺なんか必要ないと…言われているような気さえしていた。
ある時翔くんに聞いたことがある。
あの時どうして俺を抱いたのかって。
そしたら俺がNOと即答しなかったからだと彼は言った。
そう、翔くんの言う通り。
俺はあの時一瞬…迷っていた。
例えそこにどんな理由があったとしても。
ザアザアと降りやまない雨のように泣くほどまでに辛い時、あなたは俺のことを思い出してくれた。
そして俺はそんなあなたの頭上を覆う、傘になれたらと願った。
それがたとえ、使い捨てのビニール傘だとしても。
そんな運命だとしても。
俺はそれでもいいと思ったんだ。
だけどそれと同時に、壊れて捨てられてしまいたくないとも…思ってしまうんだ。
ある夜、彼はどう思ってるんだろうと率直にその意見を聞いてみたくなった。
「俺は…ちゃんと…、あなたの傘になれているかな」
もし彼が青空を望んだら俺は一体どうするつもりだったのだろう。
そのまま傘立てに置かれ、彼に降り注ぐ雨を凌いでいたということも…忘れられてしまう日が来るのだろうか。
だって俺らは。
何の約束もしていない。
「なにそれ…、俺がおまえのことを傷つけてることへの当てつけ?」
だけど翔くんは途端に傷ついた顔をする。
あぁほら。
まだ外は雨。
彼の心はまだ…泣いている。
「ううん、大丈夫。あなたの気の済むまで俺を傷つけて」
俺はそうして、忌々しい雨からあなたを守るだけの傘でいるよ。
今日も、明日も。
壊れて、使えなくなってしまうまでずっとだよ。
UMBREllAは、ROllBACKの翔くんが、当時恋人だった徹に『結婚するから』と捨てられてしまった時のお話です。


