好きな人から抱きしめられキスをされれば、舞い上がる気持ちはそう簡単に止められるわけもなく。
そのうちベルトを解かれる金属音に多少驚きはしたものの、こんな俺に興味を持ってもらえたんだって事実に嬉しいやらホッとしたやら。
そして、好きな人に扱われる快感は想像を遥かに超えてった。
それなのに。
「汚れちゃったし…、風呂入ってくれば?」
って何なんだよ。
これじゃあの夜と同じになっちゃうじゃん。
またなかったことにされて、いつもの日常に逆戻り。
絶対にそれだけは嫌だ。
潤さんと生活を共にできる喜びの裏に、俺はいつだってフラストレーションを抱えていた。
だからその手を強く引いて、今行われた出来事を確固たるものとする。
このまま終わりになんかさせない、させたくないと。
だってやっと…、あんたと再びこうできることの願いが叶ったのだから。
なぁそれって。
奇跡…なのかな?潤さん。
「俺、潤さんが好きだっ」
「翔…、」
「好きだっ、好きだった、いや違う、ずっと好きでっ、それは今もっ」
溢れ出る思いは勝手に口から零れ出るけれど上手く言葉にできずに。
こんな時に何なんだよ俺って思う。
いい大学に入っていざって時に、こんなにポンコツなのとか全然意味ねぇ。
それでも好きだという気持ちには嘘も迷いもなくて、ただただ伝わってくれってそれはもう必死に。
それに、一番強調したいのは今の今好きになったんじゃないってことで。
だから昨日の夜にしたキスも、他の誰でもない潤さんだったからだって分かってよ。
男のくせにさ、泣いちゃうぐらいマジで…、好きなんだ。
そんな俺の切羽詰まった様子を見て、
「ちょっと落ち着け」
潤さんはそう言って俺の背中をさすってくれたけど、もしかして俺の言葉…響いてなかったりする?
今届いてないのなら、これから先も一生響かない。
そんな気がしてならない。
「ほら、服も早く洗濯しないと。それにそんな格好じゃ風邪ひくから」
こんな時まで振りかざされる正論を吐く潤さんに、段々と気力が失われていく。
こんなにストレートにぶつけているはずの気持ちも、潤さんの心までは遥か何千光年先。
抱きしめられても、キスをしても、俺に対する彼の態度はいつだって慰めや宥め。
そこに恋なんてものはきっと微塵もない。
それでも俺は。
たとえ今はそれが情でも哀れみであったとしても、それでもいいとさえ思った。
それでもいいから今はあなたと、このまま肌を合わせていたい。
「おまえ…、これ以上困らせんな」
「嫌だ」
「我儘言うなよ…」
「なんで?俺そんなに潤さんのこと困らせてる?」
「…マジで困ってる…から、」
潤さんの言葉に追い打ちをかけられ、思わずポロリと涙が落ちた。
俺と潤さんの間には姿形こそ美しく見えるけれど、だけどそれは幻想でしかない関係。
きっと俺が触れていたのは潤さんそのものではなく、その前に立ちはだかる透明な分厚い隔たり。
ボロボロと零れ落ちていく涙がたとえ水かさを増したとしても、溺れ死ぬのはきっとこちら側にいる俺だけなのだろう。
「翔…頼むから言うこと聞いて、」
「じゃあっ、」
じゃあどうすりゃいいの。
なぁ、この壁はどうやったら壊れんの。
今さら諦めろと言われたって、俺もうどうしたらいいか分かんねぇんだよ。
だってずっとずっとあんたと出会ってから、俺のすべてはあんただったから。
あんたが俺の中から無くなっちゃったら、きっと俺は俺じゃなくなってしまう。
だとしても。
きっとここで終わりにされるんだろうな。
さっきしてくれたキスだってその先も…、最後の思い出作りの一環かなんかだったのかも。
頭ん中がぐちゃぐちゃだ。
諦めたくないのに、でもそうしなくちゃいけないような雰囲気で。
でもそれに呑まれたら負けなような気もしてる。
結果的に意地みたいになっちゃってんのもどうなの。
埒が明かないならいっそのこと、離れてみようか。
離れるといっても、好きなのをやめるわけじゃない。
ずっと思い続けてればいいだけの話だし。
だけどそんなこと、言葉では簡単に言えても。
ただ辛いだけ…なんだよな。
俺の方だけ。