いつもよりも1時間早く起きて朝食の準備をする。
丁寧にコメを研いで炊飯器にセットして、それから夜中にせっせと作ったダシを鍋に入れてコンロにかける。
今朝の味噌汁の具はなんにしようか。
昨晩、翔が帰ってくるなんて知らなかったからまだスーパーには行けてない。
あるとしたら保存のきく玉ねぎとジャガイモと…多分冷凍庫の中に小葱を刻んだものがあったぐらいか。
「あったあった、これも使っとこう」
小葱を探す際に、紅鮭の冷凍も見つけ出し一緒に取り出した。
あとは玉子を焼いて…、あぁやっぱり納豆はないな。
だけど海苔はあるし梅干しもある。
こんなんで十分だろう。
『うっま!』なんて、あいつの喜ぶ顔が目に浮かぶよう。
そして案の定。
「うーま!うまっ!うっま!」
寝起きのくせによく食うこと。
俺も若い頃はこうだったのか、なんて今となっては思い出せないぐらい歳月は流れた。
それにしてもマジで作り甲斐のあるやつ。
それになんでか、そんな翔を見ている自分まで食欲が湧いてくるのが不思議だ。
そしてすでに明日の朝食は何にしようか…なんて考えてる自分に苦笑する。
翔のこと。
一度手放したら惜しくなった。
こいつがこの家から出て行ってから、ものの数日しか経ってないというのに。
でも出て行った時は、こうして戻ってくる保証なんかどこにもなかったし。
だけどいつの間にか俺の生活に馴染んでたってことがよく分かった。
こいつと暮らした数週間。
不思議と煩わしいとか、面倒だとか思うことはなくて。
ならどうして迷惑だなんて追い出したのかと咎められそうだけど、それは…あいつがあまりにも純粋で真っすぐで、遠慮もなしに俺の中を満たしていくのが分かったからだとしか言えない。
だって翔はまだ若いから、いつかポンと俺の前から姿を消すのも自然なことだろうと思うし。
それならば日の浅い今のうちに…なんて思って行動に出てはみたけれど…時すでに遅し。
今にも泣き出しそうな顔でマンションの下で待っていた翔のことを、もう二度と自分から手を離すことはやめにしよう、俺はそう思い直していた。
楽になったよ。
すげぇ楽になった。
吹っ切れたのか、諦めなのか、それとも開き直りにも近いのか。
とにかく自分の気持ちに素直に生きることにして。
そしたら翔にも優しくできた。
「あら?」
猫背の男が俺の顔を見るなり弾んだような声を出す。
それも朝一で。
おはよう、よりも前に。
「なんかいいことでもありました?」
なんて。
いや、俺…そんな分かりやすい顔してた?
って…してた…か、自覚ありすぎるわ。
「別に…、」
だけどできればそんなことは悟られたくなくて、そうそっけなく答れば、
「そういえば、わんこはちゃんと家に帰ってきました?」
なんて、意味深ににっこりと笑うにの。
「え?」
「ちゃんと潤くんのおうち、覚えてたかな?」
「なんで…知ってんの?」
そう聞けば、にのはふふふと笑って。
「おたくのわんこ、飼い主に追い出されたあと、俺に拾われてたんすよ」
「はっ!?」
「大変だったんだからね?」
や、そんなこと聞いてなかったし。
だってあいつ…、
『バイト先で、仲良くなった友達の家にいた』
って、それしか言ってなかったよな。
「なんで隠してたんだよ」
「潤くんだって、翔ちゃん追い出したこと俺に言わなかったじゃん」
「それは…、別に言うほどのことでもなかったし」
ついつい本音とは違うことを口にした。
だってさ…分かってたんだよ、俺だって。
翔を追い出したなんて、そんなことにのに言ったところで翔が帰ってくるわけでもないしそれに…、何やってんのってにのに呆れられること想像ついたし。
多分、責められたくなかったんだ。
自分でもなんであんなこと言ってしまったんだろうって後悔してたし。
そんな俺ににのは、
「言うほどのことでもないってあなたねぇ…」
とため息を一つ吐いた。
「そんなつれない潤くんの家に帰るために翔ちゃんは一生懸命頑張ってましたよ?」
分かってる。
割ってしまった皿を自分で働いた金で買ってきて、今にも泣き出しそうな顔で手渡してきて。
それにアイス…、きっと俺が喜ぶと思ったんだよな。
俺があいつの喜ぶ顔を思い浮かべながら新作のおやつを買って帰ったりするのときっと同じだ。
「ま、翔ちゃんが撃沈しても、ちゃぁんと俺が保護するつもりでいたから心配しないでください。だけどもしそうなってたら二度とあなたの元には返さなかったけどね」
ほんとよかったですよ、そう言ってにのは目を細くして微笑んだ。