ただあんたがすげぇ寂しそうだから、こんな俺にでもあんたの役に立てるんじゃないかと思っただけだ。
潤さんは後ろからハグする俺のことを黙って受け入れてくれて。
それからしばらくの間、会話もなく、ただただ時間だけが流れていた。
だけど悪い。
やっぱりどうやったって潤さんと一緒に写真に写っている人のことが気になって仕方ない。
「なぁ…その人だれ?」
「ん?あぁ、これ?」
潤さんは手に持っていた写真立てを持ち上げるとその中をじっと見つめた。
自分の知らない相手と嬉しそうに笑う潤さんのことを、どうしてだろう。
あまり見たくない。
そのせいかポートレートが段々とボヤけていくような気までしてきた。
「この人はね、俺の奥さん…」
「え、」
奥さんってことは…潤さん結婚してたんだ?
俺は、咄嗟に潤さんから身体を離した。
だってまさか彼が既婚者だったなんて思いもしなかったから。
だってこの家には、その人の気配なんて微塵もなかったし。
「奥さん…いたんだ?」
「うーん、正確に言うと…奥さんになるはずだった人」
なるはずだった?
ということは…、結婚はしてないってこと?
だけどそんな風に言葉を濁されると、それはそれで戸惑ってしまう。
奥さんになるはずだったって、普通に考えたって謎過ぎる。
意味が分からず、写真の中の人を茫然と見つめた。
色白でその黒くて長い髪は、写真の中なのにサラサラと風になびいているのが分かる。
周りに咲き乱れる紫色のラベンダーがよく似合う、見るからに清楚な…そんな人だった。
「この写真を撮ってから半年ぐらいかな、彼女は亡くなったんだ」
「亡くなった?」
「うん、もう8年になるよ。それでもこうして彼女に呼ばれる夜があってね…」
たまに二人で話しをするんだよって。
でもその声はどこか落ち着いていて。
「あぁ悪い、変だよな。気にすんな」
俺がとんでもない顔をしていたからだろう。
きっと悲しい過去を蘇らせてしまったというのに、逆に気を遣わせてしまったのかもしれない。
そんな静まり返った空気を一変するようにして、
「もうこんな時間だな、俺も風呂入るからおまえはもう寝ろ」
風呂からあがったばかりの濡れた俺の髪を、潤さんはぐしゃぐしゃとかき回し、それから写真立てをまるで何事もなかったかのように元の位置へと戻した。
だけどその背中は今にも泣いてしまいそうで。
時々そうしてあんたは、将来を誓い合ったその彼女と一体何の話をするの。
まさか8年たった今でも、好きだとか愛してるとか、そんな野暮なことを語り合ってるわけじゃないよな。
そんなんじゃ、あんたはちっとも幸せになんてなれねぇじゃん。
だってあんたは優しい人だから。
きっと今でも死んでしまったその人を差し置いて、他の誰かと幸せになることに罪悪感を抱いてしまうんじゃないかって。
泣きそうなその背中を見ながら、俺は無性にそう思ったんだ。
「潤さん?」
名前を呼ぶと、潤さんはゆっくりとこちらへ振り向いた。
「礼…させて」
「礼?」
「一宿一飯の恩義ってやつ」
俺がそう言うと潤さんはすかさず、
「いいよそんなの」
と目を伏せた。
いやいやいや、あんたが良くても俺が良くねぇんだよ。
あんたがどれだけ傷付いてるかなんて、そんなのこんな馬鹿な俺にでも顔見ただけで分かるんだよ。
俺は潤さんの真っ白な手の甲に一つキスを落とした。
なぁ、俺があんたの寂しさを埋める役割をする、それじゃ駄目かな。
あんたが俺の生きやすい場所をこうして与えてくれてるみたいに、俺にもあんたの心の隙間を埋めたい。
少しでもあんたが生きやすい場所を与え返したい。
「礼って、おまえ金もねぇし、家事もできねぇし、どうすんだよ」
「うん」
「ガキのくせに無理すんなって」
「大丈夫」
「は?大丈夫ってなにが」
「体で返す」
そう言って、やや強引に潤さんの唇へと口付けた。
ふにっと当たっただけのその唇をさらに強く押し付けようとしたところで、またまた首根っこを掴まれる。
「おまえなにやってんだよっ!」
「なにって、だから体で返すって」
「なっ、だからさっきからっ、その意味分かって言ってんのか?」
「馬鹿だなぁ、そんぐらい分かってるって」
俺だって一応成人済みだしそれに…別に平気なんだよ。
だって耳にもヘソにもピアスの穴開いてんだぜ?
それに比べたら体にメスを入れるわけでもあるまいし、なんてことはない。
突っぱねられても、なお強引に突き進もうとする俺に、
「こういうことは好きな相手としかしちゃだめだから」
そう、潤さんは困り果てたように眉を下げた。