僕が僕のすべて2 S | 櫻の妄想小説置き場【可塑的かそてき】

櫻の妄想小説置き場【可塑的かそてき】

【可塑的かそ・てき】思うように物の形をつくれること。 塑造できること。
主にラブイチャ系よりは切ないネガ多めです。
※このブログにある物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

「おいこら、逃げられると思うなよ」

 

首根っこを掴まれながら恐る恐る振り返り、


「えっと…俺、金ないっすよ?」

とぼけた顔をして、再度隙を突いて逃げようと試みたが…、

「ほぅ、てかその前に言うことがあるよなぁ?」

そう言われ、鼻と鼻が触れ合うぐらいまで顔面を寄せられ、俺はひゅっと息を呑んだ。
鋭い眼差しが容赦なくグサリと俺のことを滅多刺しにする。

そりゃそうだ。

常識の無いことをしていることは自覚している。
これからどうなるのだろうと、緊張と恐怖とでじわりと額に汗が滲んだ。


もしもこの人が闇のバイヤーとかだったらどうしよう。
そういや最近、知り合いの知り合いとかがそういう奴らに目をつけられてて逃げ回ってるって話しを聞いたばかりだ。
ここは潔く腹を括るべきか。

そう意を決した俺は、


「大変申し訳ございませんでしたっ!!!!」

その人に深々と頭を下げてみせた。
つまり今俺のできる精一杯の誠意を示してみた。


だけど…。

あれ?


相手がなんも言わないから、恐る恐る様子を伺う。

よく見るとこの人…眼力は強そうだけど、そんな怖い人には見えなそうってか、それよりも何よりも美形?っつーか。

え?なにこれ、もしかして彫刻?

なわけ。


だけど、女とか男とかを超越するほどの……美人だと思った。

「そうそう、悪いことしたらまずは謝る、だろ?」
「はい…、」
「素直でよろしい」

その人は俺の頭をポンポンと軽く2回叩くと、すっと踵を返した。
そんな背中を、

「ねえっ!ちょっと待って!」


なんでか俺は慌てて追っていた。


「服!その服!」


俺が謎味の真っ黒なジュースをぶっかけて汚した服。
いや、だからといってクリーニング代とか払える金は無いんだけど。
 

「はっ?」


振り返り苦笑いする顔を見つめる。


この人が何者かもまだ分かってないし、もしかすると本当はやべぇ奴かもしれない。
だとしたら、この人が今俺から手を離してくれたことで、確実に命拾いしたはずなのに。
それなのに。

どうしてかこのまま別れてしまいたくはなかった。


「いいよ別に」
「でもっ、」
「だっておまえ金持ってねぇんだろ」
「…はい、」
「いいよ、野良犬にしょんべんかけられた~ぐらいに思っとくから」
「野良犬って…、」

挙句、本当に犬にするかのようにして、しっしっと手で振り払われて。
じゃあじゃあ!

百歩譲ってこの際、犬にでもなんでもなりますから。

なんて思っていたら段々と人間と動物の境目が分からなくなってきた。


あぁだからか。

なんだかやけに鼻が利くんだ。

この人はついてって大丈夫な人だって。

いやむしろ、ついていかなきゃいけない人だって。

あれ?これって鼻が利くってよりむしろ…野生の勘…的なやつなのかも。

「ついてくんなよ。さっさと家に帰れ。親御さん心配してんぞ」
「俺、帰る家無ぇもん」
「…は?」
「だから…帰る家無いの」

「もしかしておまえ、家出少年かよ」
「まぁ…そんなもん?」


愛想良く、へへっと笑って見せれば、その人は腕を組み、めちゃくちゃ険しい顔をして。
そして、真っ黒な瞳でじっと俺のことを見つめるから俺は、

 

「じゃあ俺んち来るか?」

 

なんて言ってくれるんじゃないかと期待したのに。


「そんなん、知らん」

なんてセリフで簡単にあしらわれる始末。
 

「ちょ、待ってよ!」

 

俺困ってんだよ?

見捨てんの?

あぁ腹減った…今日なんも食ってないんだよなぁ!

とか、必死に訴えながら。

それでもしつこくその背中を追うと、観念したのかその人は立ち止まり、

 

「あー、うっせーな!犬みたいにギャンギャン喚くなっつーの」

 

今までで一番迷惑そうな顔をした。

やべぇ、ついに怒らせてしまったか?

ここでDEAD ENDかもしれない。

そう悟った時。

 

「ったく…慈善事業になんか興味ないけど…仕方ない…、今夜だけだぞ」

 

しつこくしたのことが功を奏したのか、それともやっぱり俺の睨んだとおり、単にこの人が優しい人なのか。

仕方がないとか言いながら、なんだかんだで歩く速度も俺に合わせてくれてるのを見ると、この直感はきっと間違ってなんかないと思える。

 

「なんで迷惑を被られたのはこっちの方なのに、俺がこんな目にあわなきゃならないんだ」

 

ブツブツ文句を言いながら歩くその人に相反して、俺はウキウキのワクワク。

ニヤけてしまう顔を抑えんのに必死になっていた。

 

もしかすると今夜は、久々にふかふかの布団で寝られるかもしれない。

なんて、淡い期待に胸も膨らむってもんだ。

 

 

 

 

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