MATCH260 S | 櫻の妄想小説置き場【可塑的かそてき】

櫻の妄想小説置き場【可塑的かそてき】

【可塑的かそ・てき】思うように物の形をつくれること。 塑造できること。
主にラブイチャ系よりは切ないネガ多めです。
※このブログにある物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

満月の日が近づくにつれて、潤の様子には特段気を配ってきた。

当日はなるべく早く帰れるようにと、前々から段取りだってしてきた。

だけどそうもいかなくなったのは、当日の任務を完遂した直後で。

俺は夜の屋上で大きな満月に見おろされながら、締めに煙草を吸っていた。

そんな時に、胸のポケットに入れておいたスマホが着信を告げると同時に、それは潤の発作の連絡じゃないかと心がざわついて。

急いで家へと戻った俺は、ラグの上で蹲る潤へと慌てて駆け寄った。

 

「もしもし?潤くん?どうした?」

 

潤は苦しそうに息を弾ませながら誰かと電話で話しをしていて。

だけどその相手は俺じゃないことは明らか。

ということは…相澤…くん?

だけどその後スピーカーから聞こえてきた声色は、彼のものではなかった。

だとすると…今話をしている相手は潤の主治医。

 

相澤くんでは駄目で、俺じゃなきゃ駄目なはずだった。

それなのに、そいつは潤を発作の苦しみから解放することに成功した新たな救世主。

医者だからだとも思ったけど、ハワイの松坂先生にはそれが無理だったじゃん。

それなのに。

 

”ごめん、俺の帰るところはもう他にある。

だからもう、翔さんだけじゃないんだよ。俺を救えんのは”

 

潤の台詞を思い出していた。

その言葉を聞いたとき、どうしようもなく胸のど真ん中を搔き乱されて一気に身体が動かなくなった。

そして今も…、じんじんと手先が痺れてきて、あの時と同じ感覚に襲われそうになる。

俺は咄嗟に潤の電話を拾い上げ、冷静にそして淡々と一方的に電話を切った。

 

俺がいる。

俺だけでいいだろ。

苦しかったんだろうけど、電話に出てやれなかった俺が全面的に悪いけど、そんなん百も承知だけど。

できることなら、こんな姿を他の誰にも見せて欲しくない。

とんだ独占欲だと思うし、だからといって俺にこの病が治せるかと聞かれれば答えはNOだけど。

だけど、嫌なもんは嫌なんだ。

それが例えエゴだと罵られても。

 

ラグの上で苦しそうに悶える潤を担いでベッドに運び衣服を緩めた。

俺がすぐに熱を開放してやる。

そして楽にしてやる。

そう思うのに。

今のこの状況はハワイのあの夜と酷似しすぎていて。

俺はあの時オロオロとする相澤くんに滑稽なほど酷似していた。

 

どうして。

この役割は俺にしか果たせなかったはずだろ。

相澤くんがダメになって、次は俺までダメになったのか?

そして、今その役割を果たせるのは主治医だけとか?

恐れていたことが目の前で起こっていることの恐怖。

 

なんとか冷静になろうとして、でも目の前で苦しみもがく潤を目の当たりにするとなかなかそうはなれなくて。

段々とやっぱり俺じゃ駄目なのかもしれないなんて思いも過ってきて。

そんな時だった。

菊井と一緒だったんじゃないかと潤に聞かれたのは。

 

 

***

 

 

俺が今の職場を離れることになって、自分のもっている仕事を他の社員に引き継ぐ…なんてことは至極当然のことで。

まぁその白羽の矢が立ったのは入社三年目の菊井で。

 

今までだって持っている案件が被ってたりして同じ仕事をすることも多々あったけど、引継ぎを始めてからは出社してから会社を出るまで、ほぼほぼ菊井と行動を共にしていて。

で、今日の業務の締めは潤が所属しているモデル事務所へ挨拶も兼ねての訪問で。

一緒にハワイまで行って仕事をした仲だからか、思っていたよりもそれはスムーズに終わった。

 

「潤に教えてもらった青空の下の喫煙所、おまえにも教えとくな」

 

俺にとっては殺伐とした日々の中、ここで一息つくことで癒されていた。

この息抜きの場所が菊井へ引継ぐ最後の業務。

 

寒空の下、煙草に火をつけ、夜空にぽっかりと浮かぶ月を見上げた時だった。

急に菊井に想いを告げられたのは。