「では今からはデートするカップルを演じてください!できるだけ自然な感じでお願いします」
体調が悪い中、よりにもよって男女ペアでの撮影だなんて。
しかも原宿や、臨海公園でデート?
まじで体力が持つ気がしない。
だけど不幸中の幸い。
原宿でのデートシーンはTATSUYAと高森がそれぞれ女の子とペアで撮ることになって、俺とにのは臨海公園側と指定された。
とりあえず原宿での撮影中は車で待機してていいと言われ…ほっと一安心。
「ね、相澤さんとは連絡とれた?」
にのはスマホから全く視線をそらさずに、さらっとまぁのことを俺に聞く。
そんなに気になるんなら自分で連絡すりゃあいいのに。
「あー、うん。新幹線乗ってた、」
「そっかー…相澤さんがいないとモチベーションが上がんないなぁ」
本当にそうなんだろうなって分かるほど、まじで声に覇気がない。
まぁ、通常でもあんま変わんないけど…今のにのは、なんかこう目が死んでるというかなんというか。
いやだけどさ、いくらまぁのことが好きだって言われても、一応男同士だし?実際半信半疑な部分もあったけど…、にのはにのなりに、やっぱまぁのこと本気なんだなぁ。
「なぁにの…、」
「ん?」
「俺がさ、まぁを自由にするって言ったらおまえどうする?」
いつもだったら絶対にスマホから目を離さないにのが、ばっと俺の顔を凝視した。
その顔の凛々しいこと。
いつもにふにゃふにゃとしてるくせに、途端に男らしい顔つきになるのは恋の力の為せる業なのだろうか。
「それって、相澤さんを捨てるってこと?」
「そういう意味じゃなくて…、」
じゃあどういう意味?なんて。
さっきまで凛々しかった顔はそこにはない。
あるのはゆるゆるに緩んだ口元と、こぼれ落ちそうなほどに溢れる涙だけ。
だからさぁ。
なんでおまえが泣きそうになってんだよ。
俺がまぁを手放せば、まぁは自由になる。
俺なんかに縛られずに済む。
簡単に言えば、まぁは俺の世話を焼いている限り自分の人生を犠牲にしなきゃならない。
それなのに…。
お願いだから相澤さんを悲しませることだけはしないで、なんてにのはそう言うんだ。
まじで雁字搦め。
まぁから離れられない俺。
まぁから離れないでというわりに、まぁが好きだというにの。
セフレはダメだというまぁ。
セフレにしかなれない好きな人。
その好きな人には恋人がいて。
なんなんだこれ。
ドラマの相関図だったら、めちゃめちゃ面白いのかもしれないけど…現実にこんなんいらねぇわ。
誰でもいいから俺を救ってと願っていた人まで、あれ以来音信不通。
俺から会えないかって送ったっきり。
ぐるぐるぐるぐるぐるぐる。
頭が回ってきた。
あぁどうしよう。
まぁを自由にするとか言いながら。
今すぐまぁにここに来て欲しい。
潤ちゃん大丈夫だよ。
つらかったね、ごめんねって。
そう言って欲しい。
「潤くん?」
「……ん、」
「大丈夫?うなされてたよ…」
「う…ん…、大丈夫、」
「潤くんが眠ってる間に臨海公園に着いたよ。ほら、撮影するって…行こ?」
「…うん、」
俺の手を引っ張るにのの手はすげぇ冷たくて、気持ちよかった。
車の外の空気も低くて、身体にこもった熱を奪ってくれてる気がする。
あぁこれならいけるかも…、なんて何度目かの決心。
それにしても。
いつの間に原宿を出発したんだろう。
にのに起こされるまで全然気づかなかった。
「じゃあ、まず二ノ瀬くんと萌咲ちゃんのペアで。二人で楽しそうに手を繋いで歩いてもらっていいですか?」
俺はにのの撮影の間、ベンチに深く腰を掛けて項垂れていた。
臨海公園というだけあって、向こう側は海で。
太陽光がキラキラと海面に反射してめっちゃ綺麗で。
それなのに息が苦しくて、身体が熱くて。
それどころじゃないのがすげぇ悔しい。
佐倉井さんと二人で、こういうところを恋人みたいに歩けたら楽しいだろうな。
なんて…何考えてんだ俺は。
じっとにのの撮影を見つめる佐倉井さんを眺めていた。
その隣には当たり前にサエがいて。
こういう二人だからこそ、こんなところでデートしても様になるんだよなって思った。
もう、ほんとに。
俺ってなんて往生際が悪い男なんだ。
だけどさ。
佐倉井さんがあんなことするからじゃん。
俺のことあんなふうに強く抱きしめるとか…さ。
あんなに激しいキスとかしちゃったりするから。
そんなこと考えてる間に、あぁ…やば…。
「…っ、…はぁっ…はっ、」
さっきまでとは全然違う。
これは前兆なんかじゃない。
どう考えても…本格的な…。
ど…しよ…う…。
「まぁ…まぁ、」
まぁはここにはいない。
分かってる。
それに、ここには誰も俺の発作を知る人はいない。
救急車なんか呼ばれても、ただ辱めにあうだけで逆に地獄。
こんな真っ昼間から、こんなに苦しくなったことなんかなかったからどうしたらいいのか頭が真っ白になる。
不安で不安でどうしようもなくなって、それでもなんとか意識を手放さないように堪えていた。
額には脂汗が滲む。
まぁ…助けて。
仕事が終わってからでいいとか言ったけど、俺…やっぱり無理みたい。
頼むから…、今すぐ来て。
「まぁっ、」
その時、ぐっと肩を掴まれた。
苦しくて涙ぐんでいるせいか、それが誰なのかは分からない。
もしかしてまぁ?
電話の様子がおかしかったから、もしかして引き返して来てくれた?
そう思ったのに。
「おい、大丈夫か?」
その声は。
まぁのものじゃなかった。