なーにが、サエちゃん!だ。
デレデレ鼻の下伸ばしちゃってさ!
つか俺いたよな?
なんならサエより手前にいたよな?
見えてなかったのか?
それとも、もしかして俺の身体透けてた?
って…やっぱ、完璧無視だったんだよな。
一回目のモデルを再起用したのも、もしかしたら公私混同ってやつなんじゃねーのとか思えてくる。
あの人にそんなことできる権力があるのかどうかは別として。
岡谷社長は俺らによくやったとか言って褒めてくれたけど、この手柄は案外サエ一人のものなのかもしれない。
ということは俺らはあのカップルに、いいように使われているだけなんじゃないか?そう思ったら段々と腹ん中がムカムカしてきた。
「潤ちゃん大丈夫?具合悪い?」
「全然、平気、超元気」
「潤ちゃんはほんと嘘が下手だね」
まぁがそう言ってくふふと笑う。
「ほんとに、無理しないでよ?潤ちゃんはどんなに顔色悪くても、メイクで隠せばいいって簡単に思ってんのかもしれないけど…クマやくすみを隠すのって案外難しいんだから。ね?」
「分かってる…ごめん、」
まぁの言うように、俺は確かに簡単に考えてたのかもしんない。
これだからなかなかモデルとして芽が出ないのかな。
そういや、前に佐倉井さんにも言われたっけ。
おまえは意識が低すぎんだ…とかなんとか。
パタパタとまぁがファンデを肌にのせていくのを見ながら、そんなことをぼーっと思い返していた。
最近は何をするにもやる気が出ないし、今まで楽しいと思っていたこともなんでか気持ちが入らなくなってきてる。
なんでこんなに心ん中が空っぽみたいになってんだろ。
そんな俺の雲翳した気持ちとは裏腹にメイクは順調に進んでいき、
「今日はクマが目立たないように、目元は濃いめにしとこっか」
まぁはそう言って、濃いオレンジ系のシャドウをささっとブラシで擦りとり瞼に乗せた。
それからアイラインをひいてマスカラをつけてってのを見ていたら…急に頭がふらっとして。
「あっ!」
「ごめっ、」
マスカラが頬にべっとり。
まぁは慌てる様子もなく、ドライヤーの冷風を優しく頬にあてた。
そして俺の顔を覗き込み、ついてしまったマスカラを指で剥がし始める。
「このマスカラ、乾いたら剥がれるようになってるから心配しないで、でも動かないでね」
「うん…ありがと」
そんとき、ふと合ったまぁの視線がすげぇ蕩けそうで。
そのまま目を閉じれば、キスされんじゃないかってぐらい顔も近くて。
ほかのモデルはとっととメイクを終わらせて、着替えの方に行ってる。
だからメイク室には俺とまぁの二人きり。
さっき見せつけられたバカップルのなれ合いに、正直俺のストレスはMAXに近くて。
ズキズキと疼く頭痛がつらくて、ちょうどまぁに甘えたいって俺はそう思っていた。
まぁのことが好きだって言うにのには少し悪い気もするけど。
でも俺とまぁとはにのの言うそんなんじゃない、なんて言い訳を頭のどこかですることで勝手にヨシとした。
「まぁ…、」
甘えてそう言えば、
「うん?」
ってやっぱり蕩けるような返事。
んな優しい顔されたらさ、まぁのこと恋愛対象としてみてない俺だって…キュンときちゃうじゃん。
「潤ちゃん?」
「キス…してくんない?」
「いいよ」
まぁが俺へと、ゆっくりと顔を近づけたその時だった。
ガチャ!!っと勢いよくメイク室のドアが開いて。
「うおっ」
そんな低い声が跳ねる。
鏡に写りこんだのは、佐倉井さん。
「すいません、失礼しました」
彼は慌てた様子で、だけど丁寧に頭を下げると、そそくさと部屋から出て行った。
もしかして、ここにサエがいるとでも思って覗いたのだろうか。
「どうしたんだろうね、」
まぁがそんな彼の様子を見て苦笑いする。
だけど俺にとっちゃ、笑いごとでは済まされない。
「大丈夫潤ちゃん、見られてないよ」
「…うん、」
ギリギリ、見られてはないかもしれないけど。
微妙な空気は感じ取っただろうな。
ま、あの人にとっては俺がどこで誰と何をしていようが、別にかまやしないのだろうけど。