一回、二回、三回…六回目にしてようやく、
「はい」
佐倉井さんの声を久しぶりに聞くことができた。
それなのに、
「あ、佐倉井さん?」
「…誰?」
覚悟はしてたけどさ。
いや、覚悟なんかじゃない。
俺がしていたのは期待。
俺から電話がくることを、もしかすると佐倉井さんの方こそ待ち望んでいるんじゃないかって…本当は心のどこかで淡い期待を抱いてた。
それなのに…。
でも、もしそうなら…向こうから連絡してくれたはずだよな。
「俺、松元」
「松元?…あぁ、潤?」
「え、」
「ん?」
それなのに。
名前は覚えててくれたんだ。
「うん、そう…、」
たったそれだけのことなのに。
うれしくて口元がゆるゆると緩みまくってる。
連絡してもらえないどころか、サエとはちゃっかりデートする時間作ってて、俺はどんだけないがしろにされてるんだって無性にイライラしてたりもしたけど。
たった一言。
佐倉井さんが、発した”潤”という言葉に、こんなにも胸が熱くなるなんて。
どんだけ俺は乙女なんだって話。
「どーした?」
「うん…会えないかなって」
「会うって…?」
この人はいつだってそう。
俺と会うってことの意味を知りたがる。
ただ会いたいって、そんだけじゃだめ?
そこに理由がなきゃ無理?
「ただ会いたいだけ」
「…理由も無しに?」
「理由言ったら会ってくれんの?」
「…そりゃ、内容にもよるけど」
会って、キスして抱きしめたい。
だなんて。
そう言ったら、あんたはなんて答えるんだろう。
そんなん間に合ってる、なんてあっさり切り捨てるのだろうか。
それとも何ヶ月先まで予約で埋まってるとか、どこぞの行列のできるレストランみたいなことを言われたりして。
「じゃさ…、メシ…行かない?」
「…ん、メシかぁ…」
おいおいおい。
当たり障りない誘い方したろ?俺。
それにそっちだって、理由がメシならノリやすいだろ。
それなのになんだよその反応。
あんたさ、サエのことは小洒落たレストランに連れて行くくせに、俺とだと言葉濁して拒否んのかよ。
俺ってあんたの遊び相手にもしてもらえないわけ?
圏外って…そう言いたいの?
なんだよそれ、超ムカつくんだけど。
「やっぱ嘘」
「は?」
「もうメシはいいや」
俺がそう言えば、シン、と静まり返る向こう側。
ふと、この人はいったい今どこで何をしてんだろうなんてことが頭をよぎった。
自分の家?
それともほかの誰かの家?
一人?
それともほかの誰かと?
なぁ、本当にあんたは。
俺のことなんかどうでもいいわけ?
つまり、興味すら無い感じなの?
「ヤりたいんだよね」
「…は?」
「ヤりたいの、あなたと」
「…ヤりたいって…、」
「だから俺と会ってよ」
この男は相当、面倒くさい。
回りくどい言い方なんてしてたら、それこそ無駄な時間を費やしてしまう。
あんたが俺のこと、イイと思ってんのかそうでもないのか。
そのどちらなのかが単純に知りたい。
「じゃあ、うちの会社まで来いよ」
「…会社?」
「ヤるだけならここで十分だろ。どうせ今夜も何時に帰れるかまだ分かんねぇ状況だし、この時間ならほとんどの社員は退社していない。会社の中の照明もほとんど落ちてるから入りやすいだろ」
「…会って…くれんの?」
なぁ、なんで?
他にもいっぱいいるんだろ?
別に困ってなんかないんだろ?
俺のことなんかどうだっていいんだろ?
なのになんで?
「着いたら連絡して」
そう言ってあっさり切れてしまった電話のすぐ後に、ショートメールで届いた佐倉井さんの会社の所在地。
俺は大急ぎでそこへ向かった。