突然、すっくと立ち上がる松元を見上げる。
喫煙を終え、てっきりこのまま部屋を出ていくのだろうと思い、おつかれと声をかける俺に…彼は出ていくどころか、二本目のタバコに火をつける俺の真ん前に立ち塞がった。
さっきまで俺のことを、あーだこーだとののしっておきながら、まだ他に言い足りないことでもあるというのだろうか。
どうせ撮影も今日で終わり。
今回はこうして奇跡的に再会したけれど、今後はそうそう会うこともないだろう。
だとしたら互いにヌキあったよしみだ。
最後に愚痴の一つや二つ聞いてやろうじゃないか。
そう腹を括った俺の上に松元が跨ってくるもんだから、
「は...?」
そりゃそんな間の抜けた声の一つや二つ出るだろ普通。
驚く俺のことなんか他所に、松元は俺の首に両腕を回した。
「ちょっ、」
慌ててキョロキョロと周りを見渡す。
有川さんと智くんは先に会社に戻った。
スタッフも後片付けを終わらせ、ほとんどがスタジオを後にしている。
俺は一人残って後始末を終え、帰社前にタバコの一本でもと思ってここに立ち寄ったのだ。
この短い間に、今のこのありさまを誰かに見られるという可能性は極めて低いと一瞬にして導き出す。
「佐倉井さん」
「うん?」
「そんなにヤリたいんならさ…」
そう言って、松元がまっすぐに俺を見つめる。
なんなんだこの状況…訳分かんねぇ。
「相手は誰でもいいんでしょ?」
上から目線のくせして、不安そうに眉を寄せる表情がセクシーだなんて、この期に及んで何を考えてるんだ俺は。
「だから別にそんなんじゃ…、」
「だったら俺にしなよ」
「はは、なんだそれ」
乾いた笑いを漏らす俺を見つめる松元の瞳が、ゆらりと揺れる。
「佐倉井さん」
松元は両手で俺の頬を挟むと、唇と唇がギリギリ触れるか触れないかのところでピタリと動きを止めた。
「キスしていい?」
この期に及んで、んなの聞くか?
男ならこんまま一気に攻めりゃーいいじゃん。
おまえはそういうやつじゃん。
それなのに。
あの夜のことを思い出して、笑いが込み上げてきた俺の喉がクックッと鳴る。
そんな俺の様子が気に入らないのか、
「あんたってそんなに意地悪だったっけ?」
なんて松元がイライラを顕著に表す。
何故だろう。
そんな松元の切ない表情に、突然ぎゅっと胸が締め付けられるように傷んだ。
それに足元がザワザワとしてなんだか落ち着かない。
まるで、俺の中の何かが葛藤しているみたいな。
それはYESかNOなどという簡単なものじゃなくて…なんて説明すれば伝わるのだろう。
複雑すぎてどうすりゃいいのか、俺はさっきからフリーズしたままで少しも動けずにいる。
本音を言えば、ずっとずっとあの時の松元との情事を思い出してはカラダが疼いて仕方がなかった。
できることならもう一度あの快楽を味わいたいと心のどこかで思っていた。
今から起こりうる事態に、どこか期待している自分がいる。
だけど葛藤する思いが邪魔をして、だからこそ上手く身体が動かせない。
「今こうして俺のことを押しのけないことが、あんたの答えだと思ってもいいのかな」
そう言われて唇を塞がれれば、あぁ確かにそうかもしれないなんて。
これが俺の出した答えなのかもなんて。
繰り返し松元から与えられるキスは、くらくらと目眩がするほどに気持ちが良かった。