affection 終 | 櫻の妄想小説置き場【可塑的かそてき】

櫻の妄想小説置き場【可塑的かそてき】

【可塑的かそ・てき】思うように物の形をつくれること。 塑造できること。
主にラブイチャ系よりは切ないネガ多めです。
※このブログにある物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

行きたくてリストアップしていた国、そして地域。
その全てに横線が入った。
 
現地に飛んですぐに買ったボロボロのトラックと、それこそボロボロのピアノ。
それから現地で一番優秀だというガイドと通訳を雇い、なるべく自分の足で行けるところまで行くことをモットーにして動いた。
だけど無駄にダラダラと時間をかけることもできないから、そこは臨機応変に飛行機を使ったり電車やバスも使ったりして。
こっちでの生活が慣れてくると、欲が出てきて。
本当に次から次へと行きたい場所が増えていく。
 
だけどこれ以上旅を長引かせることは俺にとって得策ではなかった。
なんたって俺にとっての、姫兼女神がほっぺた膨らまして待ってるし。
あいつ怒るとすぐ膨らむの。
ほっぺた。
そうは言えど、まじでできたやつで。
だってなんだかんだ言っても俺のことちゃんと待ってるし。
気をつけてねって服の後ろをきゅって掴むし。
たまに会えた時には、寂しかったとストレートに気持ち伝えてくれるし。
それになんてったって、俺の寂しさまで一緒に埋めてくれる。
 
立派なピアノの調律師だっていうことは承知している。
それと並行して、人の心をメンテナンスする能力にも優れて見えるのは恋人の欲目ではないと俺は思ってる。
 
俺のピアノの旅だってさ。
自分が良かれと思ってやってるだけだし別に熱烈な歓迎があるわけでもない。
中にはこんなくだらないことはやめろと暴力を奮ってくるやつもいたし、迷惑そうにピアノに唾を吐きかけるやつもいた。
危険地域のすぐそばなんてだ、流れ弾が飛んできたことだって1度や2度じゃない。
そんなん覚悟の上の上の上だって言ったってやっぱビビる。
 
なんだかんだ綺麗ごとばっか言ってたけどさ、知らないうちに心が荒んでいくのが分かった。
夜になると勝手に体が震えてくるんだよ。
ガタガタと尋常じゃなく。
そんな時は舌を噛み切らないように、安物のシーツを咥えて布団に潜り込む。
そしてなるべく潤のことを思い浮かべるんだ。
 
女神。
どうか救いたまえ。
夢と希望を持った全ての人達をって。
 
そうすれば不思議と心も体も楽になって、いつの間にか眠れていた。
そんな日々を何度も何度も繰り返し、俺はついにやり遂げたんだ。
 
終りなんてさ、本当はどうとでもできる。
まだまだやれるとも思うし、行ってない国の方が多いんだからこのぐらいで満足しちゃ駄目だって気持ちも正直ある。
 
それでもここだと決めて、ゴールを見据えて、ただただ全力で突っ走ってきたからさ。
やり残したことは一つもない。
 
 
 
***
 
 
 
「あー…ひっさしぶり…」
 
雅紀の運転する車の窓から眺める景色に感嘆した。
もう少し走れば教会の建物が見えてくる頃だ。
胸がワクワクと弾んでいる。
まるで子供みたいだと、自分で自分に苦笑する。
今まで触れ合ってきた子供たちの魂が自分に乗り移ったみたい。
彼らは日本という国にとても興味津々だったから。
 
「お疲れ様でございました」
 
ようやく教会へと到着した車。
雅紀が後ろのドアを開けてくれる。
汚ったねぇトラックを運転していたのがまるで夢のよう。
 
車から降り建物の中へと足を踏み入れた。
相変わらずステンドグラスの美しい窓や、パイプオルガンの柱に見惚れながら聖堂を抜けた。
廊下を進むとピアノの音が微かに聞こえてくる。
 
初めて出会ったのはここだった。
何度も何度もここで。
俺らは出会って、別れ、また出会って。
 
そんなことを考えているうちに感極まり、どこか息苦しくなりながらも、ドアの前で大きく息を吸ってからドアをノックする。
すぐに神父がドアを開けてくれて、中へ入ると潤が真剣な表情でグランドピアノに向き合っていた。
そしてすぐに俺に気が付くと、
 
「おかえりなさい!」
 
そう微笑む顔に自然と足が進む。
そしてその身体を抱きしめ麗しい唇にキスをしようとすると、顔を真っ赤にした潤が両手でそれを阻止した。
神父はそんな俺らの様子を微笑ましく見ていたように思っていたが、
 
「ちょっと用事があるのを思い出したので、申し訳ないが調律が終わったら呼んでいただけますかな」
 
そう言って部屋を出ていった。
本当に用事があったのか、それとも気を使って出て行ったのか。
その真意は定かではない。
 
「翔さんがキスなんてしようとするから、神父さんが気を使ったんだよっ」
「はぁ?だって久々に恋人と再会するっていうのに、キスもしないとか味気なくね?」
「もうっ」
 
頬を膨らませながらも、ピアノを組み立てていく手先はしなやかで美しい。
早く触れたい、そう思う。
 
「潤」
「んー?」
 
俺が呼んでもこちらに目もくれないくせに、次々とまるでパズルを組み合わせるように部品を戻していくことに夢中になっているように見える。
 
ちょっと待てっよ。
久しぶりなのにさぁ。
あんだけ俺があっちに行くのを涙目で「行かないで」なんて訴えてたくせに。
ちっともこっち見てくんねぇじゃん。
 
「じゅーん」
 
もう一度名前を呼んでみる。
我ながらガキっぽいと思うけどなりふり構っていられない。
だって久々すぎて、こっちは乾きまくってんだ。
少しは潤わせろ。
 
「今忙しいの」
 
気のない返事とは裏腹に、ほっぺたも耳も真っ赤ですけど?
なんて苦笑する俺のこともまるで無視。
 
つれないねぇ。
そう思いながらただその姿を見つめる。
そんだけでも幸せだと思えるのが不思議でたまらない。
 
相変わらず。
睫毛なっが。
肌しっろ。
腰ほっそ。
 
我慢出来ずに後ろから抱きしめると、小さい声で駄目だよって牽制された。
そう言いながらもうなじまで真っ赤で。
まるで説得力ないんですけど。
 
「だってさぁ、今夜は大海んちで佐倉井翔帰還パーティーなんだろ?」
「そうだよ?嬉しいでしょ?翔さんが主役だよ?」
「そりゃ有難いし嬉しいけどさぁ?」
「大人なんだからそんな我儘ばっかり言わないの。これまでどんだけ翔さんの我儘にみんな文句も言わずに付き合ってきたと思ってるの?」
「異議あり!」
 
思わず声を荒げれば、潤はふふっと息を漏らした。
 
「やっと笑った」
 
そう言うと、潤は観念したように俺の頬にふわりとキスをした。
それから恥ずかしそうにふいっとピアノに視線を戻すと、また黙々と調律の続きを始める。
 
そんな様子を見ながら、今流れているこの時間が空間が。
やっぱり俺にとってはとてもとても大切なものだと思った。
 
そうだ。
俺は日本から出る前。
確かにこうして過ごしていた。
 
窓から暖かい日の光が入ってきて、オレンジに染まる部屋に愛する人と、ただ何をする訳でもなく何を話すわけでもなく。
 
きみと一緒にいる時間をこんなにも幸せだと思えるのは、きみと過ごしてこられなかった日々が教えてくれたから。
今この時間を心から幸せだと思えるのは、今までの経験が俺に語りかけてくるから。
 
普通だと思っていた日常に感謝して。
当たり前だと思っていた穏やかな日々に感謝して。
 
そうして。
今ここにあるaffectionに。
そして世界中にある全てのaffectionに。
俺はこれからも感謝し続ける。
 
 
※音量、通信量にお気をつけください。
 
 
Fin