「佐倉井くん?うん、うん。あぁそう…」
従業員室の椅子に座りスマホ画面を見つめながら、隣の店長室から盛れる声に聞き耳を立てる。
「今日は売り出しもないし、心配しなくていいよ。うん。はいはい。早く治してね。お大事に」
早く治してね、お大事に、か。
へぇ…ふーん。
「お疲れ様でーす!」
んでもって、次はこっち。
えらくテンションの高い挨拶で従業員室に入ってくる松元。
漏れてる。
ダダ漏れてる。
口で喋らなくてもその濃い顔が全てを物語ってる。
「あ、松元くん!」
店長室から出てきた店長が松元を引き止めた。
「今日佐倉井くん体調悪いらしくて休みになったから、今日は彼の分までよろしく頼むよ」
「はいっ、もちろんです!」
はぁーん…こいつ。
その様子だと佐倉井が休むことまで知ってたな。
ということは、そういうことだ。
聞かなくても分かるけど、一応聞いとくか。
鼻歌交じりに身支度を始める松元の肩に手を置いて、
「松元くん」
そう声をかける。
「なんだよ?」
「なんだよ?じゃないんだよ。佐倉井はなんで今日休みなの?」
「体調悪いって連絡あったらしいよ」
「なんで体調悪いのかな?」
「なんでって…、」
口ごもって急に瞬きが多くなる松元。
「おまえがバカみたいに飲ませすぎたからだろーが」
「だって佐倉井、飲ませると可愛くなるんだもん。だからつい」
意地悪くそう言えば、はぁ?っと頬を膨らませて迷惑そうにする松元。
ったく、素直に言えばいいのに。
俺のことライバルだと思ってるくせに。
先に佐倉井の身体を手に入れたのは俺だって、俺のことをもっと牽制すればいいのに。
「ってかヤッたのか?」
「ヤッてねぇ」
「嘘つけぇ」
「…嘘じゃないって」
ふーん。
それも佐倉井のことを考えてってことだな。
単なる独占欲丸出しの自己中じゃないわけか。
「じゃ、俺持ち場行くから」
今日は一人だから忙しいんで、と松元は俺の手を払いのけてさっさと従業員室を出ていった。
あーあ…、多分絶対そうなんだろうけど、100%の確信が持てない。
確かに昨日は佐倉井のこと飲ませすぎたし、それで使い物にならなくなった可能性もあるしな。
今日休んだのだって本当に二日酔いだからかもしれないし。
クソ。
松元ならもっと食い気味に佐倉井と関係を持ったことを自慢してくると思ったのに。
これは予想外だったな。
***
カランコロン。
このドアはいつも俺が店に入ったことを店内中に知らしめる。
いい匂いなのは好きだけどこの洒落た雰囲気はなんか苦手で、落ち着かなくて好きじゃないんだ。
それに人の目も苦手。
それなのに、キョロキョロと見渡してその姿を探すけど目当ての人は見当たらない。
「クイニーアマンが焼き上がりました。いかがでしょうか?」
近くで焼けたばかりのパンを補充する店員に、
「あの…大埜いますか?」
そう尋ねれば、
「もう帰りましたよ」
そう言われたから、礼も言わずに慌てて店を出てスマホをタップする。
それから何度目かのコールで、
「もしもし」
いつもの気だるそうな声が聞こえた。
「今店の前なんだけど」
「店?俺もういねぇよ?」
「なんだよ…それならそう言えよ」
「なんでわざわざおまえにそんなこと伝えなきゃならねぇんだよ」
そう言いながらも、ふふって笑う大埜の声が好きだ。
「なあ」
「ん?」
「多分あの二人大丈夫だぞ」
「多分ってなんなんだ」
「多分、絶対だ」
「だから…なんで絶対なら多分をつけるんだよ」
んふふって、また笑う。
ふにゃりと笑う顔が容易に想像できる。
だけどやっぱり現実にその顔が見たいんだよな。
想像でだけじゃ足りないんだよ。
「なー、約束通り俺と付き合えよ」
「まだ多分の状態だしなぁ」
煮え切らない返事。
出会ってからこいつはずっとこんな態度。
たまたま同僚から大埜の店のパンを貰って食ったら、あまりの衝撃に慣れないこんな小洒落た店に自分から足を踏み入れていて。
ドキドキしながらそのパンを探したらその籠だけ空っぽで。
ガッカリ肩を落として帰ろうかそれとも他のパンを買うかって悩んでいた時、さっきみたいに俺の背後から、
「ベーコンとほうれん草のキッシュ焼き上がりました。いかがでしょうか」
声がして。
その声の主が俺の横に並び、空っぽだったかごにそれを乗せていって。
「あの…これあんたが作ったの?」
そう尋ねると、一瞬じっと俺を見たその瞳がすげえ透き通っていてびっくりしたっけ。
「私が焼きました」
そのパンを焼いてんのが大埜だって分かってから、俺はすっかりこの男の虜で。
そっからというもの猛アタックしてんのに、こいつはいつもヒラリとそれをかわす。
それが最近になって、
「丘田さ、翔くんのこと覚えてる?」
珍しく大埜の方からそう連絡がきて。
「翔くん?」
「んと、佐倉井翔。おまえがバイト先に可愛い顔したやつがいるって。ほら、前に言ってたあの…」
「あぁ。バンビちゃんのことか」
「ふふっ。それおまえが勝手に呼んでるあだ名だろ。あ、あとさ。松元って分かる?」
「佐倉井とコンビの?」
「うんそう…その二人の背中さ、おまえ押せるか?」
「なに?その二人が上手く行けば、おまえ俺と付き合ってくれんの?」
「んー…まぁ、うまくいけば考えなくもないよ」
なんだ、そんなの簡単なことじゃん。
だってあの二人、前からすげぇいい感じだったし。
だから俺は佐倉井に気があるふりをして、松元のことをけしかけた。
仕事の後に佐倉井を誘って断られたその夜。
修斗の帰りにたまたま寄ったコンビニで偶然にも佐倉井と出会って。
「佐倉井くーん」
「丘田?なんでここに」
「俺、このビルの上で修斗やってんだ」
「修斗?あぁそーなんだ。俺もここのジムに通ってて」
階は違えど、佐倉井も同じビルで身体を動かしていたらしい。
もしやこれは、神の思し召しか?
そのまま飲みに誘えば渋々首を縦に振る佐倉井。
いつもぶっきらぼうでトゲトゲに尖ってるくせに、飲むとケラケラ笑ってやっぱ可愛くて。
思わずキスしてしまったことは、大埜には内緒にしておこう。

