シカタナイ40 S(翔潤) | 櫻の妄想小説置き場【可塑的かそてき】

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【可塑的かそ・てき】思うように物の形をつくれること。 塑造できること。
主にラブイチャ系よりは切ないネガ多めです。
※このブログにある物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

トントントントン。

そんな一定のリズムが心地良くて目が覚めた。
キッチンの方から聞こえてくる懐かしい音がする。
母さんが来てくれてるのかな。
 
それにしても少し前までの不快感がまるでない。
汗でビショビショに濡れていたはずの衣服も新しいものに取り替えられている。
ふと、ベッドサイドを見ると水の張られたボウルにタオル。
 
そこまでで力尽きてまた、微睡みの中で瞼を閉じる。
そして心地いい雰囲気に浸っているうちに、また少しだけうとうととしそうになって。
だけど米の炊けるようなとてつもなく食欲をそそる匂いに、俺はもう一度目を開いた。
 
「あ、翔さん。目が覚めた?」
 
俺の眠る部屋を覗き込むのは松元の姿。
もしかしてさっきまでキッチンで音を立てていたのは松元だったのだろうか。
だとしたら、それは一体いつからで。
つか、俺の衣服を取り換えたのも松元?!
 
「よいしょ」
 
トレイを抱えた松元はベッドサイドへと腰をおろして、皿とスプーンを手に取った。
 
「この家なんもないから困っちゃったよ。土鍋もないし、蓮華すらねぇんだもん」
 
そう困ったように笑う松元。
そんなこと言ったって、自炊なんか出来ないのだからシカタナイ。
 
「ちょっとだけ起き上がれる?」
 
松元は持っていた茶碗を椅子の上に戻すと、今度は俺の背中へと手をかける。
ふわりと松元の香水が鼻腔をくすぐって、その香りにひどく安堵する。
そして思わず見入ってしまったのは、松元の唇で。
 
…。
……。
………………。
 
思い出した。
そうだ…俺さっきまでこいつとキスをして…挙句の果てに。
 
「翔さんどーしたの?顔真っ赤だよ?」
 
また熱がぶり返しちゃったかな、なんて額に触れてこようとする松元の手を慌ててそれを振り払う。
 
「熱はもうないからっ、」
「本当に?じゃあこれ食べて薬飲もっか。あ、その前に口の中ゆすぐ?水持ってくるよ」
「いいっ、大丈夫っ」
 
俺に触れるんじゃねぇ!なんて態度で示すために立ち上がって見せようとしたけれど、急に頭がふらりとして体勢を崩して、そんな俺の身体を松元が咄嗟に支える。
急激に湧き上がる焦り。
この指で、唇で、松元に…。
思い出した事柄が頭ん中を沸騰させる。
 
「翔さん、大丈夫?」
「平気だから触んな!」
 
逃げるように松元から離れてキッチンへと向かう。
勢いに任せて回した蛇口から、バシャバシャと弾け出る水を両手で受けて顔にかけた。
 
だんだんとクリアになっていく。
咄嗟に松元を抱きしめた俺。
それから、見つめ合ってそして…松元の唇が俺のに触れて。
それから何度も何度もキスをした。
それも、ただのキスじゃない。
互いの舌を濃厚に絡みあわせるような、俗に言うディープキス。
そのうち肌の上を滑って行く松元の舌に震えているうちに、松元が俺のことを…。
 
あぁ…なんてことだ。
俺は取り返しのつかないことをしてしまった。
 
「……………、」
「翔さん大丈夫?」
「大丈夫だって!ったく、しつけぇなっ」
 
俺がこんなにもついさっきまでのことを後悔しているというのに、何事もなかったかのようにケロっとした顔しやがって。
おまえがあまりにも通常モードなせいで、もしかしたら夢だったのかもしれないなんて都合よく思えてきた。
もしそうならどんなにいいか。
 
こうなったらもう、布団に潜ったまま絶対に顔を出すものか。
そう思いながらベッドに腰掛けたところで、
 
「ちょうど冷めてきたし、少しでもいいから食べて?」
 
そう言って松元がスプーンで粥を掬って俺の口元へと近づけるから、無理やり奪い取った。
 
「自分で食えるからいい!」
「なんだよ…、あーんってしたかったのに…」
 
ぷうっと頬を膨らまして拗ねる顔を横目にそれを啜(すす)れば、
 
「うっま!これおまえ作ったの?」
「うん」
 
さっきまで不貞腐れていた松元が嬉しそうに笑う。
 
「まじうめえ…俺の母親が作る粥より美味いかも…、」
「ほんと?嬉しいな」
 
満足そうに頬杖をついた松元に見つめられながら、俺は茶碗に入っていた粥を全て平らげた。
 
「ほらほら、次は薬飲んで。飲んだらもうひと眠りするっ」
 
はいって茶碗を奪われて、はいって水と薬を渡されて。
その次にはまたベッドへと押し付けられ、ご丁寧に布団まで掛けられて。
 
「翔さん、俺今日泊まろうか?」
「……断る、」
「なんでだよ。病み上がりで一人じゃなんも出来ねぇだろ?」
「できる……、」
 
強がる俺に松元が頬を緩ませる。
 
「さっきはすげぇ素直で可愛かったのに…ね、翔さん」
 
そう、ニヤリと口角を上げた松元の顔を見て俺は、やっぱりさっきのことは夢ではなかったんだと…。
 
 
 
悟った。
 
 
 
 
 
 
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