優しい雨55 | 櫻の妄想小説置き場【可塑的かそてき】

櫻の妄想小説置き場【可塑的かそてき】

【可塑的かそ・てき】思うように物の形をつくれること。 塑造できること。
主にラブイチャ系よりは切ないネガ多めです。
※このブログにある物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

いつも通り容赦なく俺を起こすのはアラームの音。

やっとうとうとしてきたところだったのに…そう思いながら起き上がりいつも通り冷たすぎる水で顔を洗っていつも通りT字のホウキを手に取って、ビルの隅々まで掃き掃除。

舞い上がる埃を吸い込むまいとタオルを口にあてがう。

 

ふと朝陽の差し込む大きなガラス扉から外を見た。

雨に濡れた地面が朝陽を受けてキラキラと反射してる。

そうだった…夜中急にものすごい勢いで雨が降ってきて、その音が煩すぎて目を覚ましたんだ。

外の様子を伺うと、このビルごと流されちゃうんじゃないかってぐらいの大雨に、心配で眠れなかった。

 

それに…相澤さんがすっかり身体が火照ってしまった俺をそんままにして帰って行っちゃったから。

雨のせいで相澤さんの匂いが消えちゃうような気がして。

なんだかそれがとてつもなく不安で。

それでますます寝らんなくなっちゃったんだよなぁ。

 

相澤さん雨に濡れなかったかなぁ。

風邪ひいて寝込んじゃったら、会いに来られなくなる。

そんなのは嫌だなぁ、なんて思って、

あぁでも今夜は来られないって言ってたから、どっちにしろなんだけど。

 

「はい、お終い」

 

合図のようにその言葉を口にして、ホウキを壁に立てかける。

それから、扉の鍵を開錠して開くと、門の向こうから見知った顔が見えた。

 

「冬真?」

 

やけに早くない?

主役は俺が頂いちゃったけど、冬真だって主役と同じぐらい重要な大役に抜擢されていて。

だからかな?

気合入っちゃってる?

らしくもないけど…まさか朝練とか?

 

トボトボと俯いて歩いていた冬真は俺を見つけるなり泣きそうな顔をした。

 

「よお」

「おす」

「なに、どうしたの?早いじゃん」

 

だってまだ朝の6時過ぎよ?

あれ?

なんか違和感。

冬真…ちょっと様子がいつもと違う。

 

「別に……、」

 

冬真はそう言うとポケットに手を突っ込んだまま、とととってビルに入る手前にある小階段を駆け上ってきた。

 

「稽古場空いてる?この時間なら誰も使ってないよな?」

 

そう言って俺を見下ろす顔は、完全に寝てませんって顔。

いや、寝てませんって顔なら別に珍しくはない。

コイツ結構遊び人だし。

 

だけど今日のは明らかに違う。

あ、その顔まさか……。

泣いた?

 

「空いてますけど…」

 

そう言う俺に、

 

「そっか」

 

冬真はそれ以上何も言わずに、ビルの中へと入って行った。

真っ赤な瞳をして、一体どうしたというのか。

だってあいつが泣くなんて…珍しいよな。

そう思いながらチリトリでゴミを集めていればどこからともなく、

 

「なめんじゃねーよ!ごめんって何なんだよっ!謝るぐらいなら最初っからすんなよっ!」

 

そんな怒鳴り声が聞こえてきて、俺はチリトリを持ったまま稽古場までそろそろと近づいてみた。

そっと中を覗くと、冬真が何やらわぁわぁと喚いてる。

言葉自体は怒りのように見えるけど、どっちかっていうとそれは悲しみ以外の何物でもない。

 

「嫌いになんかなれっかよ……、」

 

最後にそう呟くのが聞こえて、あぁ、マスターと何かあったんだって直感的にそう思った。

それから割とすぐに、おはよう!なんて朝から元気の良すぎる声で現れた団長にあっさりと寝不足なのがバレた俺らは、

 

「2人して何て顔してんだ!おまえら自覚が足りないみたいだから、夜ぐっすり眠れるように死ぬほど走ってこい!」

 

なんてビルから追い出された。