あの子が出て行って
私が心底
ホワイトになれなかった理由も
考えてみた。
客観的に見て
私という人間を考えた時
あの子のした事は
やっぱり『非道』だった。
我が家から離れた場で嘘をアレコレ
吹き込むならまだ良かった。
でも、同じ町内。同じ班。
まさかの道挟んで向かいのお宅で
まるでそのお宅の子の振る舞い。
ただいまと帰る家は向かいのお宅
ご飯食べるのも、向かいのお宅
洗濯やお風呂まで向かいのお宅
最後には
向かいのお宅の養子になる?って
それを、向かいのお宅も
堂々と養子にしてもいい。
そしたらうちの子供も大喜びだと
ほんとに正気か?みなさん。
で?うちは地元密着型の仕事なのに?
気も狂うよね…………
ついでに、向かいのお宅には
〇は(あの子)ね、もうYVEさんちが
嫌なんだと思うよ?
可哀想に嫌な家に帰らせて。
家ではいい子だし、ウチの子の面倒も
よく見てくれて助かってる。
って…。
で?仕舞いにはそこまで良くしてもらった
お宅で財布盗み…
私が謝罪??
向かいのお宅には
上から目線で色々言われ…
高校の友達家族にも
都合のいいホラを吹き
虐待両親疑惑…
高校からも酷い親だと罵られ…
教員が親の許可無くあの子を
下宿させようとした。
『お母さんは〇さんを
どうなされたいんですか?』
まるで私があの子をぶっ壊してるかのように…
どうなされたいんですか????
って………
もうどうでもいいならこんな面倒やめてますよ…そう心底思ってた。
猛抗議の結果は?
高校の都合のいいようにねじ曲げられ
下宿させようとなんてしてません。
『お母さんが以前言われて
いたみたいに〇さんは
虚言癖があるみたいで…』
と今度はあの子を都合よく
嘘つき呼ばわりした。
周りの間違った解釈と
嘘を鵜呑みにしすぎた結果
親側へ寸分の耳も持とうとはしなく…
不遇が不遇を呼んだ………
手助けした結果が
今にある。
あの地獄のような日々
私の尊厳は玉砕された
親?って何?
と自問自答し続けた日々
あの子も私も同じだけ傷付いた
同じだけ?
本当に同じだけ?だろうか?
測ることは出来ない。
だけど
その疑問がずっと残っている。
ついでに思うこと。
もしも、私があの子なら
もう、こんな家族は要らない。
若気の至りだと片付けるには
大き過ぎる過去だから。
そしてこの家に再び足を踏み入れれば
同じように過去を思い出すだろう
自分の生活に足をしっかり付けられた今
もう自分にとって家族とか
いらないと思う。
かつて、私が歩んできたように。
そう考えたら
またいつかね。
なんて言葉は存在しない。
中途半端はいつだって
私を苦しめる。
ほとんど冷酷な見方をしているのに
ホワッと湧いてくる親の感情。
それが1番苦しみの元。
もう、違う世界で住んでるあの子と私は
交わることはないし、理解もできない。
この地に来て直ぐ
問題が起こり縁もたけなわでしたと
言わんばかりに
親を親だと
姉兄をきょうだいだと
思わないと心底決めてから
丸5年。
短くて長かった5年…
私は自分の殻に閉じこもった
割り切るには時間もかかる。
それでいい。
今まで家族だった人が
自分の心から居なくなるって
簡単ではない。
沢山自分と戦いながら
傷付きながら
荒療治していくしかない
傷を傷で治すみたいに………