夏の終わり
父はもうかなり弱っていた
私は仕事を休むことにした
こんな日が来ることを
想像はしたくなかったけど
こんな日のために、私はどんなに辛くても
仕事をし続けた。この1年間。
自分が心置きなく休めるように
経済的に安定させるために…
最後はやっぱり行き来する病院ではなくて、
本当に近くにいたかったから
ある程度休まなければ
それは無理な環境だった
いくら運転が好きと言おうが
毎日200キロの距離を運転し、
看病し、仕事をし、家事をし
育児をしシャブ漬けから回復した
姉のメンタルケア
と言うのはかなりしんどかった…
2人の子供が小さすぎて…
それだけでも大変だった…
看病してる時はずっと一緒だったしね
また、子供を連れて行くと
父が喜んでくれたから
そこは外せなかった。
わたしは子供を連れて実家へ帰った。
それは逆算すると父が亡くなる3日ほど前から。
危篤ですと、1度病院から電話が
かかてきた次の日から。
父と過ごすのはもう数えるほどだと思ったら、毎日泣いてきたのに、絶えることなく涙は出続けた
実家に帰ってからは
日中ずっと病院にいて、
夜は姉に子ども2人を見てもらい
1人で病院に通った
父と過ごせる時間に限りがあると
もう間もなくだと思うと
あまり意思疎通が上手には
計れなくなってたけれど、
ゆっくり父と2人の時間を
過ごしたいと思った。
子供がいると本当に自分を見せられない。
そんな夜を数日過ごした…
そして次の日…
事件?が起きた………
なんで?
続く…