金魚に教えられる命

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「金魚が死んだと思われる!!!」
 
今日、学校から帰宅して玄関に入るなり、
次男が動揺した表情をして叫んだ。
そして、一匹の干からびた金魚を廊下から拾い上げ
振り返りざま私の手のひらに手渡した。
 
どうして?廊下に落ちていたの?
 
元気のいい金魚だったからかな。
飛び跳ねて金魚鉢から飛び出てしまったの?
 
それとも、寄生虫に侵されていたのかな。
 
死因となる原因を探る。
 
水替えの時、水温にもっと気を付けてあげなければいけなかったかな。
 
玄関に置いてたから、
チャイム音に驚いてしまったのかな。
 
もしかして、私のお世話がストレスになった?
 
色々思い巡っている最中、
 
「早く土に埋めてあげてください。」
 
次男の声も、はるか遠くから聞こえるようだった。
 
たった3週間しかお世話しなかった金魚だったが、
私なりにやっぱりショックだった。
心が沈む。
 
それが愛着心というもの。
愛情。
命の大切さ。
死に対する悲しみ。
喪失感。
 
この金魚は、3週間前の次男の学校祭で
次男が金魚すくいの役割をすることになったというので、
その日から家族の一員になってもらった金魚だった。
ポイで掬った2匹の金魚。
 
当初、次男には金魚を飼う喜びは見えなかった。
 
でも、当然、
次男には命を育てる大切さと難しさ、
自分がご飯を食べる前に、
金魚もお腹が減っているんだということを忘れないで、
そして、家族の一員になったのだから、
愛情をもって餌を与えてあげてと教えていた。
けれど、
なかなか忘れずに餌をあげることが定着しない日が続いた。
 
毎日のルーチンで餌を与えるだけが仕事になってしまっていて、
金魚をしげしげと眺めるということもなく、
果たして愛着が湧いていたのかどうか。
 
ある日から、餌を与えた時に金魚の健康状態、水槽の水の濁り具合、
何か異常がないか観察をして下さいと教えて、
そうするうちに、可愛いなぁという気持ちが生まれてくれたらいいなと思っていた。
 
手のひらの干からびた金魚を眺めながら、
 
さっきは、少し動揺を見せたものの、
次男はきっと、ドライに淡々と
私に後処理を任せて気持ちを整理して
元の生活リズムに落ち着いてしまうのだろう。
 
そう思っていた。
 
すると、
学生服のまま着替えずにソファに座って、
 
顔もぐちゃぐちゃになるほどに、涙ぐんでいた。
 
「もう僕は、金魚は飼いません!!!」
「命は一つしかないんだ!」
「死んでしまった金魚は生き返らないんだ!」
 
最初、劇場型の次男だから、
どこかのフレーズを拾って言ってるだけなのかと思った。
 
「大量の金魚を買い足せば、悲しい気持ちが埋まりますか?!」
 
 
えーーーんあせるあせるあせるあせるあせるえーん
 
あぁ、次男は本当に悲しくて泣いている。
演技じゃない。
心から悲しんでいるんだ。
 
確信。
 
あぁ、次男はいつも
私の予想をはるか上を行っていて、
いい意味で、期待を裏切る子だった。
 
時に、
「僕には人の気持ちは分かりません」
と、涙する母の目の前でストレートに口に出してしまうくらい
ドライで淡白で、次男の心は厚手のヴェールで見えない気がしていた。
 
でも、今日の不慮の出来事で、
愛着心も命の大切さも、
命を失った悲しみも、
ちゃんと次男の心の中に育っていたことが分かった。
 
死んだ金魚には申し訳ない気持ちになるけれど、
来週、やっと予約が取れた発達外来の受診時に、
担当医の先生に一つ、朗報を伝えることができるかなと
貰い泣きついでに、嬉し泣きも入り交ざる出来事だった。
 
 
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金魚は一匹になってしまって寂しい限り。

ごめんね、金魚ちゃん。

 

でも、私は、次男の心が見れて嬉しかった。

 

本当に嬉しかった。

 

心に触れること、やっぱり大事だね。

悲しみも喜びも分かち合えること、やっぱり大事。

 

次男と私の距離もぐんと縮まった気がした。

 

次男には、

一匹になってしまったけれど、

大切に育てようねと約束をして、

死んじゃった金魚に今まで楽しませてくれて有難うだねと話した。

 

ペットを飼うことは、

命を失うという悲しい現実に直面するけれど、

家族みんなで育てた愛情を家族で共有できる素敵な経験。

優しさや思いやりを育むこともできる。

 

自閉症は他人の気持ちが分からない恐ろしい障害だと、

ネットを徘徊していると今でも時々見かける文言だが、

私自身も、実際にそう感じる時もあるので、

自閉症という障害を誤解していると一概に言えないでいた。

 

でも、今、今日、言えることがある。

 

自閉症児、者にも、優しさが育つ心がある。

育てられる心がある。

 

 

何を当然なことを言ってるんだ?と思われるかもしれないけれど、

一般でいう「普通」であることが最上級なレベルの我が家では、

 

今、これが精いっぱい。

 

つい最近、次男がオカルトにはまってしまって、

現実と非現実の狭間に陥ってしまったと衝撃的な告白があったばかりで、

少しずつ、時系列を追って報告できればいいな。

 

最後に笑って過ごせてることを期待して。

 

言葉は言霊。

 

きっと、大丈夫。

 

 

心配して来てくれた旧友たちに愛をこめて。

 

最後まで読んでくれて有難う。

 

私は元気!

先月、夢にまで観た大好きな羽生結弦選手も

念願叶って拝見することができた。

もちろん、世界のトップスケーターたちを初めて観れて、

興奮、歓喜、感動の連続だった。

 

日帰りだったけど、

アイスショーの新潟の楽公演を最後列で最初からスタオベ。

 

もう少し、頑張れる気がする。

 

色んな思いを馳せて、観に来ている人がいる。

彼の演技に魅せられて、元気をもらって生きている。

 

実際、私も頑張るんだと、

負けない、頑張るんだと、背筋が伸びる思いがした。

 

ありがとう。

 

元気で笑っているから。

大丈夫。

 

心配してくれて有難う。

 

感謝。

 

 

 

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ちょっと重いです

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次男の高校生活が始まって、2か月。

高校受験をして、普通高校に進学しました。

学生は少人数で、障害に理解のある先生方ばかり。

入学式のリハも用意されていて、

入学前には面談もあり、支援体制は有り難いほど手厚く、

滑り出しは順調のように感じられました。

 

ただ、ストレスからくるのか、

咳がずっと、4月から1か月以上も止まりません。

高校生活に慣れて、緊張が取れた頃には

治まってくれたらいいなと思っていたのですが、

 

そんな矢先、

 

 

一抹の不安は、やっぱり的中してしまいました。

 

「僕は、感情すら失ってしまいました。

物事の良し悪しの判断も分からなくなったんです。

だから、

今、僕は、必至にかつての僕に戻ろうとしているんです。

僕は、もう人間かどうかも分からないんです。ううう。しょぼん

 

そんな告白があったのは、この前の金曜日。

 

やはり、高校生活の環境の変化は予想以上に次男を苦しめているようでした。

変な癖が表出しては消え、

オカルトチックなフレーズを独り言でブツブツ話していたり、

苦悶の顔をしながら、動きを止めて、目をつむり、

あたかも何かと闘っているかのように体を震わせているときがあるのです。

 

私が何かを注意すれば、

今お気に入りのアンパンマンのぬいぐるみをかじって、

むしゃむしゃむしゃむしゃと食べるようなしぐさを見せます。

 

「もし、あなたに思春期というものが訪れていて、

お母さんに注意されて、

うるさいなぁ、分かっているよ!と感じるのなら、

 

それは正常です。

感情を殺さないで、言葉で気持ちを伝えてください。」

 

落ち着いて話をすれば、

 

「はい!かお 分かりました!」

 

と、まっすぐな目線で答える次男なのです。

 

でも、時間を置くと、

「僕は、心の中に、正義と悪が共存していて、

悪を抑え込もうと必死で耐えてるのです。」

 

「それも、とても正常なこと。

お母さんにも良心と悪い心が共存していますよ。」

 

話せば、納得する次男なのです。

何回もその繰り返しなのですが。

 

納得しては、忘れ。

納得しては、忘れ。

 

その繰り返しで、少しは脳裏に残ってくれるのかなという感じです。

 

まるで、認知症患者のようですが、

 

それは、いいのです。

何の苦にも感じません。

 

ただ、次男の「悪」のイメージが分からないのです。

 

教えてくれないから。

 

ちょっと前は、独り言を聞いていれば大概は想像できたことですが、

今は、口に出して説明することも「悪」だと思っている様子。

 

時々、オカルトチックなセリフを聞くこともあるけれど、

だいたいは、テレビの受け売り。

天テレ、シャキーン、などのEテレの番組のセリフだったりする。

 

可愛いものだった。

 

ただ、本当に、今は教えてくれないので、

体を震わせて抑え込まなくてはならないほどの、

「悪」の感情をどうやって、私は推し量ればいいのでしょう。

 

どんなことを考えているのかと思うと、

私の心配も増幅するばかりで。

 

ルールは生真面目すぎるほどに守る子です。

SNSもトラブルになるので自らやらない宣言をし、

親とのラインすら断ち切ってしまうほどです。

 

犯罪、宗教、ドラッグ、すべて「悪」です。

 

おそらく、

普通高に担任の先生だけがいる教室で授業を受けることに、

まだ慣れていないのです。

支援級の先生が、逐一指示してくれて、

指示されたことをこなしていけば良かった中学校生活は、

ルーチンが決まっていて、

学級全体を指導するサブの先生もいたので、

分からないときはすぐ助けてくれた環境に居たのですから、

やるべきことが決まっていたということが、

どれだけ自閉症の次男には心地良かったか。

 

ルーチンを構築できない今、

まだまだ不安の中にいるんだろうなと思います。

そして、まだ、高校生活が楽しいと感じられない。

 

周りの子たちは、今頃はだんだんクラスの子たちと打ち解けてきて、

やっと慣れてきた頃なんだろうなと思います。

 

先日の授業参観でも、

次男一人が、自閉症特有の奇異な言動が目立ち浮いていました。

 

「僕は、人間かどうかも分からなくなりました。」

 

いったい、どこから拾ってきたフレーズなのでしょう。

 

胸が痛いです。

 

次男のこの言葉を聞いて、

RADWIMPSの『棒人間』を思い出していました。

 

私もちょっと前に、この歌に出会い、

 

ひとり共感し、まるで若い頃の自分のようだと涙したものです。

 

「ねぇ、僕は人間じゃないんです。

本当にごめんなさい。

そっくりにできてるもんで、よく間違わ れるのです。」(歌詞)

 

「手にした幸せは忘れるわ、自分の事ばかり棚に上げるわ、

怒らせ、苛つかせ、悲しませ、僕はいったい誰ですか」(歌詞)

 

 

次男は今、やっと自他との違いに気付いて、

自分が何者なのか自問自答を繰り返しているようにみえます。

 

次男には自閉症だと随分前から教えていましたが、

障害を理由に都合よく甘えることもあるので、

あまり詳しくは説明していませんでした。

 

私たち親子は、

環境が変わるたび、

 

マイナスからのスタートです。

 

中学校の時もそうでした。

 

ただ、その時は、次男は自分に困り感を感じていなかったので、

 

これも成長なのだという思考に辿り着くまで、

数日かかったバカな母親です。

 

次男がどんな人間だろうと、

守るべき私の大事な息子です。

 

子育てに一段落はありません。

きっと死ぬまで子育てをしていくのでしょう。

 

次男に幸せを与えてあげたい。

愛で気持ちが満ちるように。

 

愛を感じられるような人間になるまで。

 

 

殴り書きで夜中に書いています。

素直な今の母親としての気持ちを綴っておきます。

 

さ、気持ちを前向きに。

こんな苦労は、苦労のうちに入らない。

 

世の中、一人だけじゃない。

 

くじけちゃダメ。

 

次男にも、言っている言葉。

 

辛い時こそ、楽しいことを考えよう!

 

アンパンマンも言ってるじゃないの。

くじけそうになっても、

いいことだけいいことだけ思い出せ!

 

しかし、なぜに、今、

次男のブームがアンパンマンなんでしょう・・・・。

うーたんよりステップアップした感はあるけれど。真顔

 

 

母一人暮らしの現実問題

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今年も忙しい年でした。

 

と、ちょっと前に

なんてことのない記事をアップしようかと思っていた矢先、

 

今週の月曜日、

仕事中に郷里の兄からLINEに連絡が入り、

バタバタと忙しい年末に

更に輪をかけて忙しくなるような事が起きてしまいました。

 

「母、怪我、今、病院、明日、手術」

 

 

 

え?

 

えええええええww?!ゲッソリ

 

兄も仕事中に連絡が入ったのでしょう。

 

不幸の手紙のような短いメッセージが入るなり、

あとは怒涛のように凄まじいスケジュールになってしまっています。

 

野を越え、山越え、車を走らせること片道3時間。

 

めっちゃ雪道怖いんですけどーーー。滝汗

 

たまたまブログを閲覧してくださった方に申し上げます。

母にも申し上げました。

 

「凍結した道路では自転車には乗らないでください。」

 

転倒して大腿部骨折。

人工関節を入れて人生を送ることになりました。

歩けるようになっても杖が必要でしょう。

歩けるようになったら御の字、

歩ける前に認知症が進行したら、

目も当てられません。

 

 

母、75歳ですよ。

骨もスカスカですから、

私も2年前スケートをしてて腕を折りましたがあせる

腕は、折れてもなんとかなりますが、

大腿骨となると動けませんから。汗

 

一人暮らしですよ。

 

どうするんですか。

 

あーーーーー。

来てしまった、こんなにも早く、この時が。

 

 

 

そんなこんなで、今日、自宅に戻ってきましたが、

またとんぼ返りで帰省しなければならなくなり、

 

そこで、困ったことが一つ。

 

 

羽生選手の情報がちっとも追えてない!!!えーん

 

 

ぇ、この非常事態にそこ?

と思わないでくださいね。

 

羽生選手(きゃ♥)は

 

私の心のオアシスなのですからーーーー。

 

 

 

ということで、

 

あれこれ、非常事態ではありますが、

僅かなパソコンタイムで今、貪るように情報を追いたいと思います。

 

お世話になってるブログ主様、

すみません、転々とこっそりお邪魔します。とびだすうさぎ2

 

 

 

 

 

 

風の電話

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私が毎日のように訪れるブログで紹介されていた動画を観て、

お恥ずかしい話なのですが、

初めて「風の電話」の存在を知りました。

 

その電話の回線は繋がってはいません。

岩手県大槌町の海を臨む高台にある個人のお宅に、

庭園の中にひっそりと電話ボックスがたっているのです。

 

震災で亡くされたご家族が声を聴きたいと、

そこには5年経った今も、

報告したい、話がしたいと訪れるのだそうです。

 

電話を作った方は庭師だそうで、

風の電話を作ったのは震災の前の年、

その方のいとこが亡くなられて、

話がしたいと考えられたのがきっかけだそう。

 

とても雰囲気のある素敵な高台で、

電話で話した言葉が穏やかな風に乗って、

思いを馳せる人に本当に届くんじゃないかと、

そんな風に思わせる素敵な場所です。

 

電話ボックスという個室が、

自然に言葉を引き出すいい空間になっているのでしょうね。

 

我が家には仏壇がありませんので、

故人を偲ぶにも普段の生活の中ではなかなか言葉にして話すことはできません。

だから、この家で、

亡くなった父のこと、祖母のことを話す機会は全くありません。

唯一、話せるのは実家の法事の時くらいですね。

 

この動画では、

普段の生活で亡くなった夫のことを話したら、

心が折れてしまいそうで話せなかったというご家族の方も、

その電話ボックスの中で残された家族の溢れる思いを伝えています。

そして、5年の月日を経てやっと、

その「風の電話」を介してようやく家族の前で涙を流すことができた子どもたち。

 

印象的な言葉は、

 

「周りは、あれから5年も経ったんだね。と言うけれど、

私たちにとっては、まだ、5年しか経ってない。」

 

三人のお子さんを抱えて頑張っているお母さんは、

 

「あの頃は夫のそばに行きたいと願っていたが、

この子たちが夫が生きていた証拠でもあるので、立派に育てないと。」

 

このご家族の方のように、とても前向きなご家族もいれば、

まだまだ心が癒されていない人たちもいらしてて、

近親者の死、それも配偶者の死は、

これほどまでに傷が癒えないものなのだと分かります。


私の旧友も、理由は違えど、

数年前に最愛の夫を40歳代の若さで急死されています。

残された子供たちは3人。

彼女からは時々、まだまだ心が癒されていないと、

メッセージが入ることがあります。

一生癒えることの無い傷。

周りの人間は、

哀しい過去に囚われないで、

どうか前向きに生きていってほしいと願うばかりですが、

ずっと忘れないで、

亡くなった人のことを言葉に出して話し合うことも大事なのだと思いました。

 

 

紹介してくれて感謝しています。


この動画は震災で亡くなった人たちのご家族がメインのドキュメントでしたが、

自分の環境と重ねて観ることができ、とても共感して涙しています。

心が浄化された感覚というか、

涙することで、すこし心のもやもやが払うことができたというか。

 

思い出すことが大切なんだということ、

あらためて心で感じました。


最近、8年前に自死してしまった父の夢を見るんです。
そこには数年前に逝去した祖母も登場して、

昔つくってくれた料理を懐かしく一緒に作っているシーンです。


今、遠い実家で一人頑張っている母は一度も出てきません。

 

その夢には、なにかしらメッセージがあるようで、

普段、思い出すこともなく生活している自分を戒めているようで。


夢をきっかけに、

父や祖母を思い出して、手を合わせています。
そして、同時に、

生前、父を、父の仕事を理解してあげられてなかったことが、
唯一の悔いとして今もずっと心の奥底に残っていて、

申し訳なかったなという気持ちが、

心の大部分を占めてしまいます。

 

ごめんね。

 

今なら、手に取るように分かってあげられるのに。

親不孝な娘だったね。

 

それでも、私に「子育てを楽しませてくれて有難う」と言ってくれて、

本当にお父さんが私のお父さんで居てくれて、本当に感謝しています。

 

何処に届くともわからない父へのメッセージですが、

今の私の気持ちを書き綴っておきます。

 

今ある生活に、感謝の気持ちを添えて。

 

 

 

マラソンとランプと私

お久しぶりです。

今日はお仕事を休んで、一人の時間を過ごしています。

午後イチには出かけてしまうのですが、

このまったりとした時間も、あとは年の暮れまでお預けです。

 

秋だからかしら、

久しぶりに一人で過ごしているからか、

今日は少し感傷的になってしまいました。

 

このブログを始めてからかれこれ10年以上。

 

すっかり過疎化してしまって、覗きに来られる人も僅かになりましたが、

あの時、仲の良かったブログ友の中には、大病を患い亡くなられている方もいます。

また、闘病中の家族を毎日支えて忙しく生活している人も。

実生活でも、病気と上手く付き合いながら仕事に励んでいる同僚がいたり、

若くして夫に先立たれた旧友がいたりと、

10年前とはがらりと環境が変わっています。

「生」と「死」を否応にも意識せざるを得ない年齢になってきたんだなと切なくなります。

 

人生には人それぞれのドラマがあり、

しかし、それが必ずしもハッピーエンドにはならないところが現実。

 

幸せは小さいほど安心します。

大きな幸せを感じてしまうと、

次は大きな不幸が巡ってくるのではないかと不安になるんです。

 

次男を生んだ直後もそんな風に感じていました。

幸せを感じてしまうと、逆境に弱くなるのではないかと。

 

時々、そんなビビりなちっちゃい自分に嫌気がさすときがあります。

 

そんな自分を払拭すべく・・・

今年も夫婦で参加してきました。

 

地元開催、羽黒山石段マラソン全国大会は

アップダウンの激しいロードを走り抜け、

山頂の神社へ続く参道の石段の2446段を駆け上るレースなんです。

 

心臓破りの石段のぼり。

シンドイけど、達成感は半端ない。

 

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どМマラソンという異名がついているそうですが、

このイベントも今年で終わるだろうと、昨年と同じ噂が流れています。

 

来年も規模が小さくなっても続けてほしいなぁ。

人生、なにか目標がないとつまらないですもの。

 

 

そして、今、嵌っているのがひょうたんランプ。

 

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100均のミニキャンドルライトを使用しているので、

ちろちろと弱く光るところがいい味出してます。

 

明かりが細部まで届かないのでデザインの幅が狭まれますが、

それなりに仕上がっていると思います♪

 

ひょうたんから小さな虫たちが出てくるのが恐怖!wwwですが、

毎日少しずつ製作してます。

 

ちょっと調べたのですが、

あの虫、チャタテムシって言って、

古本などの糊を食べる害虫らしいですね。

誤食しても毒性はなく体への影響は少ないですって。(おねがい、食べないでw)

 

まったりとした貴重な時間はこれにて終了。

 

では、また気が向いた時に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うーたん、今までありがとう

テーマ:
自閉症の次男は、
高校受験を控える中学校三年生。
次男は2歳の頃からずっと
うーたんがお友達でした。
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うーたんって、可愛いねぇドキドキ
うーたんは音楽の妖精?音譜  
うーたん、大好き恋の矢

と、つい最近まで、寝る時も一緒
遊んでる時も一緒でした。

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時に、
うーたんとお母さんのどっちが好き?
と、ワケワカラン質問をしてしまうほど
ヤキモチが焼けるくらいの熱愛ぶりで、
お母さんすらして貰えてないのに、
うーたんのほっぺに顔をスリスリまでして
溺愛していました。

さすがに修学旅行や
お出掛けの時は持ち歩いてませんでしたが、
手垢や繕い跡で真っ黒になったぬいぐるみを
いつになったら手放せるんだろうと
卒業できる日を焦らないまでも、
心待ちにしていました。

反対に、卒業が出来なくても、
次男の癒しグッズになっているなら、
それはそれでいいのだし、
と、ゆったり構えていたら…、

ここ一ヶ月、
うーたんといつしか家庭内別居が始まり、
うーたんは、本棚にずっと飾っていて
動かした形跡もありません。

私が気が付いたのは数日前。
おそらく家族の誰も気付いていません。
寝る際に、
うーたんは連れていかないの?なんて
聞いてしまうと、
思い出したようにまた復活してしまいそうで、
触れてはいけない気がしていました。

でも、本棚に飾ったうーたんに
クモの巣が張られていたので、

最近、うーたんと一緒じゃないね?
と、聞いてみました。

次男曰く、

もう、
うーたんうーたんって
そんな年齢でもないかと思って…真顔


(〃゚艸゚)プッ

あ、いやいや。あせる
15歳になる寸前ですが「気付き」は大事です。
  
興味がなくなると、
ぱたっと見向きもしなくなるのは
次男の特性ではありますが、

今までありがとう、だね?と聞くと、

うん、だから、
そこにしばらく飾っておく、とのこと。

じゃ、ひとまず、卒業したってことかな?

うんにやり

なんか照れくさそう(笑)

卒業しても、うーたんは次男のずっ友だよ。
大事に飾っておこうね。

今日は、
そんなのどかな卒業を迎えた昼下がりでした。

成長してるんだなぁ。
(ू˃̣̣̣̣̣̣︿˂̣̣̣̣̣̣ ू)


ありがとう、うーたん。
ずいぶんお世話になりました。

本当に感謝していますほっこり










お久しぶりです。

 

急に涼しくなり秋めいてきましたね。

私の心は秋どころか、ウィンタースポーツに心を奪われています。

 

フィギュアスケートの羽生選手のファンになって

かれこれ2年半。

まだまだペーペーですが、

一日も欠かさず動画を観漁り、

一日たりとも羽生選手の情報に触れない日はありません。

 

いつまでも

彼が燃え尽きるまで、

燃え尽きて灰になっても応援し続けます。

 

そんなことを改めて心に誓った今日、

私を取り巻く現実社会は仕事とプライベートな雑多な仕事で大忙しです。

 

福祉施設の利用者は、

色んな障害を抱えて一日一日を過ごすのも容易でない人たちですが、

彼ら、彼女らのピュアな言動に触れるたび、心癒されるときがあります。

(私の考えるピュアとは、純粋無垢な心という意味ではなく、

どちらかというと本能のまま、自分を護リ生きるための気持ちに近いかな。)

 

心が癒されるなんて表現をすると、

障害者は癒し系のペットじゃないなんて批判されてしまいそうな昨今の風潮ですが、

普通にそつなく社会人としてコミュニケーション能力を駆使して働いている人たちほど

心の裏表、建前と本音、お世辞と皮肉・・・、

そんな駆け引きが見え隠れして、

上手く心を隠して距離を置いて付き合っていて、

何でも話せるようになっても、

礼儀をもって本心を隠さなくてはならない場合もあったりと、

それはそれで楽しいですし、

人間関係を潤滑にするには必要なスキルなのですが、

なんとなく本音に触れる機会が少なくて、

嫌な大人になったもんだと残念な気持ちになることも多いのです。

健常者たちは人と人との心の距離が近いようで遠い。

 

障害の人たちに囲まれて仕事をしていると、

素の人間の心に触れているような気がして、

凄く温かみを感じる瞬間があるのです。

もちろん、そんな時ばかりではありません。

障害を持った方でも自分を護るために嘘を付いたり、

お世辞を言ったりします。

でも、健常者より本音が分かりやすいですね。

 

障害を持った方全ての人ではありませんが、

ストレートな愛情しか伝わらない人が、

ストレートに愛情表現をしてくれるそんな瞬間を味わえる職場に身を置けること、

本当に感謝しています。

 

もちろん、私自身が全くの健常者ではないと思っていますし、

多少の障害もありきでお話しています。

 

 

さて、前置きが長くなってしまいましたが、

 

今日はかなり気の早いクリスマスツリーをDIYしていました。

 

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新聞紙を円錐状に丸めて、

 

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ダイソーのグリーンモス(フェイクの苔)をボンドで貼り付け、

桜の枝に固定しただけです。

 

それに、グルーガンで松ぼっくりやリボンなどの飾りを貼り付けて。

 

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来月、職場の創作活動で利用者の皆さんと作りたいと思っています。

 

 

安価で楽しいものを考え作り出すのは苦しい作業ですが、

いい評価をされると二倍嬉しいですね。

 

 

 

 

トイレ窓のシェルフ

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逆光で暗いです。

 

ダイソーの棚受けを利用してシェルフを窓につけました。

網戸の枠はビス止めをしていないので、

シェルフで押さえになってる仕組みです。

これで、強風が吹き荒れても網戸は外れてこないでしょ。

 

写真を撮ってみると分かるんですね、

シェルフの下がちょっとバランスが悪く寂しい気がします。

 

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あ~楽しかった、トイレの改修。

 

次は天井になんちゃって梁を作ろうかと目論んでます。ウシシ

 

トイレの壁紙&腰壁リフォーム終了

テーマ:

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リルムの剥がせるシール式壁紙を使って、

およそ3週間掛けて

ようやくトイレの壁紙の張替えが終わりました。

 

腰壁から始まり、

 

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安っぽく見えるベニヤの腰壁。

厚手のベニヤに切れ目を入れて腰板風にすれば良かったかなあせる

 

のちのちは白に塗り替えてシャビーな感じにしてもオシャレよね。

 

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写真は逆光でちょっと暗く見えるけれど、

大好きなブルーグレー(パウダーブルー:商品名)に

囲まれて、落ち着く場所となりそうです。

 

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スマイルはあなたに幸せをもたらす♪

ってステッカーもお気に入り。

 

夫は、

 

なんだよこれは!!

飲み屋のトイレじゃねーんだよっっプンプン

 

とご立腹でしたが、

夫とは昔から何もかもかみ合わないので、

しったこっちゃありません。真顔

 

夫より私の方が家にいる時間が長いので、

私の好み優先で。

リフォームは先にやったもんが勝ち。ニヤリ

 

 

いろいろ夫には言いたいことが山ほどですが、

ここで憂さを晴らすには大人げないのでやめておきます。

 

大人になったわ、私。おねがい

 

 

 

 

DIY トイレの網戸

テーマ:

昨日のこの状態から、

 

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このようになりました~。

なんかとってもナチュラル~。照れ

 

ちゃんと網が貼られてますよ。おねがい

 

木枠の裏に、

 

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グルーガンで、

 

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網が溶けないように

グルーの温度に気をつけながら網を貼り付けて、

 

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裏はマステ処理・・・。(手抜き?てへぺろ

 

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隙間が見えるけど、

 

壊れたアコーディオン網戸はカエルも侵入できたほど、

隙だらけでしたから、

これはこれでいいことにします。真顔

 

のちのち、これをカスタマイズしていこうかなと。

 

あと今日は、壁紙を張り替える気力が残ってません。

だって、これからお仕事の額縁づくりをしなくちゃならないし。ショボーン