★北前船の港町には欠かせない山の神様の山王系★
場所・ 山形県鶴岡市山王町2−20
創建・ 鶴岡で一番古い神社
竣工・ 古め
構造・ 木造権現造り 木造明神系両部鳥居
祭神・ 大己貴命、山末之大主大神、市杵島姫命
例大祭・ 5月17・18日
境内社・ 稲荷社・厳島社・八幡神社
社務所・ あり 御朱印ありそう
最終訪問・ 2019.02
鶴岡市内の中心部、山王商店街の突き当りにあります![]()
山王日枝神社の創建は不詳ですが鶴岡地方最古の古社とされ、大宝寺村(現在の鶴岡市)が開村時には既に鎮座していたそうです![]()
参道 商店街の洋館が見える
歴代領主からも崇敬庇護され慶長16年(1611)に山形城主・最上義光が社殿を造営し、翌、慶長17年(1612)に社領98石を寄進しています![]()
元和8年(1622)に最上家が御家騒動により改易になり、酒井忠勝が庄内藩(藩庁・鶴ケ岡城)に入封すると当地の産土神に指定し、以後、歴代酒井家が崇敬庇護し引き続き社領98石が安堵されました![]()
境内社
元禄11年(1698)、酒井家によって社殿が造営され境内も拡張、文化13年(1816)には神位正一位に列し、社号を「山王権現」から「日吉大明神」に改称しています![]()
明治時代初頭に発令された神仏分離令されると仏式が廃され明治2年(1869)に社号を「日枝神社」に改称し明治6年(1873)に県社に列しています![]()
社務所
山王日枝神社の境内社である複鎮霊社は案内板によると「徳川家康の長男岡崎三郎信康が、天正7年(1579)9月15日織田信長より、十二ヶ条の罪状を示され、父、家康の命によって、生母築山殿と共に非情の死を遂げたそうです![]()
この事件に酒井忠次(庄内藩酒井氏の祖)が徳川の重臣としてかかわりをもっていたため、庄内藩では、後年、貞享2年(1685)一社を建て、その霊を弔ったものです![]()
「複鎮霊社」と称したのは、幕府をはばかったためであろう。」とあります![]()
境内社 狛犬

山王日枝神社の境内社厳島神社の境内に建立されている芭蕉句碑は天保14年(1843)に淡遊(庄内藩士、弭間貞松、合漠舎)が建立したもので、元禄2年(1689)、松尾芭蕉が奥の細道で鶴岡の長山重行宅で詠んだ「珍らしや 山を出羽の 初茄子び」の句が刻まれています![]()
社宝が多く和算家阿部重道の門人が奉納した算額が鶴岡市指定文化財に樹齢300年の大ケヤキが鶴岡市指定天然記念物に指定されています![]()
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今回、この山王周辺に来るのは2度目で11年ぶりです![]()
かつては商店街の洋館を見に来たのですが、そのときは神社には目もくれず、、、
この商店街は「山王商店街」といい、この神社の門前町なのに、、、
拝殿 赤くて大きな社殿

なので今回はリベンジでやってきました![]()
ちょうど冬で土日でも雪の積もった神社は誰もいず、貸し切りで参拝することができました![]()
鶴岡市内は少し内陸にあるからか、雪の量が海沿いよりかは多いですね![]()
でも人口14万の都市(当時)だけあり、相変わらず活気があり人出がありました![]()
向拝
日本海沿いの小さな町と思いきや、新潟でいう第三の都市・上越市くらいの規模はある町なんですね![]()
大きなホテルに企業も支店があり、お店も多く大きめの町だなあと思いました![]()
そんな町を一番最初から守っているのがこの「山王さん」![]()
地元の方は「お山さん」などと呼ばれ親しまれています![]()
やはり出羽三山の町だけに、山岳信仰なんですね![]()
本殿 流れ造り
元は大権現的な密教系寺院だっただけに、何となく社殿の造りもお寺風ですね![]()
鳥居も両部鳥居で、やはり神仏習合系ですね![]()
ここでまた面白かったのが、「水上八幡宮」で見た、錫を鳴らすための綱の横にぶら下がった、手作り感満載の綿の入った和布の棒(鈴の尾)![]()
ここでも素朴な信仰を見れて、とても嬉しかったです![]()
あまりよくわからないがこれのこと

近所のおばあさんが作って奉納するのでしょうね、これも伝統なので失われずに続いてほしいですね![]()
歴史をひも解くと、やはり一番古い中心の神社だけに、山形城主や酒井家にも信仰されたんですね![]()
この場所に歴史上の人物もやって来て、自分と同じく参拝をした、ただそこには時が流れただけ![]()
参拝を通じて歴史上の人物と繋がれるようで不思議な参拝でした![]()
鶴岡市に来た際は、まずここにご挨拶ですね![]()
山王系・東北の信仰・神仏習合好きの方にもおススメです♪
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★鶴岡市の神社





