豪商・松倉家を公民館的に利用・見学もできる施設

場所・ 秋田県秋田市旭南2丁目7−29

電話・ 018−811−4003 

竣工・ 主屋 明治39年 米蔵 天保10年 文庫蔵 慶応2年

構造・ 木造2階建て 2階は非公開

公開・ 9〜16時30分 貸室利用は21時まで 見学は無料
    (火)休み・祝日の場合は翌日 12月29日〜1月3日休み

料金・ 貸室 1時間につき 110円〜 9〜21時

最終訪問・ 2023.05

*秋田市・有形文化財

 


秋田県の県庁所在地の秋田市の中心地より少し南部の住宅街の中にある施設ですキラキラ

 

外観 秋田伝統の豪壮な町家建築


 

2023年3月21日にオープンしたばかりで、現地で「松下茶寮」に行った際に芸妓さんに教えてもらいましたお母さん

 

 

周辺の町並み 街道沿いなんだって

 

そうでないと知ることがなかったので、芸妓さんに会えて感謝ですおねがい

そして急遽、どこでも連れてってくれる旦那様にも感謝ですお父さん

夕暮れの松倉家 外観 交差点は交通量が多い


江戸時代、交通や流通の要だった
「羽州街道」と「酒田街道(羽州浜街道)」の合流地点にある旧松倉家上矢印

今でも交差点は交通量が多いので注意注意
 

中庭

 

歴史を受け継ぎ、人が交わる場所、つながる場所として生まれ変わりました音符

 

外観 裏口側 Pもあります


 

講座やワークショップの開催、貸室の提供を行うとともに、城下町の街歩きの拠点として歴史情報や観光情報を発信します乙女のトキメキ

 

中庭 平屋の部分 2階は非公開



・松倉家概要

松倉家は、
江戸時代は油を商う商家、明治時代初期から大地主として栄えましたおじいちゃん

 



・建築年代

主屋 明治39年(1906)、

 米蔵 天保10年(1839)前
文庫蔵 慶応2年(1866)、覆屋 明治末期

 

玄関 



上座敷、下座敷

上座敷と下座敷は取り外し可能な「置き敷居」と襖を外すと20畳もの大空間になります乙女のトキメキ

 


 

書院・床の間・床脇を備えており、家の中で最も格式の高い部屋として設けられましたキラキラ

小店(こみせ)


江戸時代における秋田の町家の小店は、仮店舗として商売を行い、また、降雪時の通路としての機能もあったといいます(新潟県でいう雁木通り、雪国共通の文化かな)雪の結晶

 

この座敷の左側の部分の通路が小店

 

その後徐々に、家毎に小店は区切られ、通路としての機能もなくなり、「小店」という名称と形式だけが残ったと考えられていますおねがい

店座敷

一般的に店座敷は、玄関を入ってすぐの場所にあり、商いを行う空間で、小店と店座敷の境は開け放つことができるようになっていたようですキラキラ

 

この手前の部屋の部分が店座敷 8畳

 

本来の店座敷の形態からは変化していますが、室名と間取りは形式として残されています乙女のトキメキ

通り庭

玄関から土間、土蔵まで一気に移動できる屋内通路の役割を果たす空間です上矢印

 

この部分は圧巻で好き すぐ左の部屋が店座敷


 

上部は吹き抜けていて、外の明かりがしっかりと差し込んできますキラキラ

中の間

天井が高く、採光用の障子があるので、通り庭を通して明かりが入ってきます乙女のトキメキ
 

 

広さは10畳と広く、神棚も祀られており、神聖な雰囲気がありますお願い

オエ

オエは伝統的民家によくみられる部屋の名前ですキラキラ
秋田型の農家においてオエとは、仏壇・神棚のある
接客・祭祀の空間であるといいますお願い
 

 

秋田の町家においても松倉家と同様に、オエという部屋がある町家がありますが、仏壇・神棚がない場合も多く、オエが形式的に間取りに残ったものだと考えられていますウインク

台所

食事を作っていた場所で、板敷となっていますナイフとフォーク
台所の前面にある土間には、煮炊きを行うかまどがあったといいます炎


米蔵

明治の頃、松倉家は穀物取引を行っていましたおにぎり
その当時は米蔵にたくさんの穀物等を保管していたのかも知れませんキラキラ
当時は米はお金だったので、金庫ですね札束

 



文庫蔵

一般的に文庫蔵は、書物や、年中行事、冠婚葬祭用のお膳・食器類などの家財を収納する蔵といわれていますナイフとフォーク
松倉家においても家財道具を保管していたとされますドレス

 

 

            *

*2の感想編に続く

 

 

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