★栃尾の街を代表する神社で見どころ満載、参拝必至★
場所・ 新潟県長岡市谷内2丁目
創建・ 上杉氏創建なら1500年代
竣工・ 本殿は石川雲蝶なので江戸時代か
構造・ 木造権現造り 石造明神系鳥居
祭神・ 火之迦具土大神(ヒノカグツチノオオカミ)
社務所・ あり 大きめな神社なのでご朱印ありそうだが
最終訪問・ 2018.10
新潟県の中越地方、長岡市の山沿いの栃尾の町の丘の上にあります
秋葉三尺坊(さんしゃくぼう)大権現とも呼ばれ、旧栃尾市に鎮座します
奥の院は石川雲蝶の作品として名高いです
社地は刈谷田川と西谷川に挟まれた高台で、常安寺(曹洞宗)の管轄です
常安寺の守護神(防火の神)として上杉謙信が楡原(岩野)の蔵王堂から勧請して建てたのが起源とされますが、異聞も多いそうです
拝殿の後方に石川雲蝶と小林源太郎による彫刻が施された奥の院が建っています
全国の秋葉神社の総本宮は、静岡県浜松市の秋葉山本宮秋葉神社です(いつか行かないとなあ)
拝殿の彫刻もすごい お面がインパクトある
現在は火之迦具土大神(ヒノカグツチノオオカミ)を祭神としますが、明治以前は三尺坊大権現を祭っていたそうです
城下町にはつきものの、火伏せの神ですね
三尺坊は、信濃の生まれの修験で、栃尾の岩野(現在の長岡市栃尾岩野外新田)の蔵王堂で修行し、飛行自在の神通力を得、延暦2年(783)に栃尾の秋葉山に秋葉権現を造営したといいます
(三尺坊を鎌倉期の僧とする説もあるそうです。)
(三尺坊修行の地である岩野の蔵王堂は、後に寺泊の矢田(現在の長岡市寺泊矢田)に遷り、さらに長岡の蔵王に遷ったとされます。今、長岡市西蔵王に鎮座する金峯神社がこれです。後ほどUP)
栃尾の秋葉権現は大きな勢力を持ったらしく、寛保3年(1743)には静岡の秋葉山と本末を争い、寺社奉行の裁定を仰いだといいます
まさかあの静岡の秋葉神社の本家と本末を争ったなんて、今では信じられませんね
そこまで勢力があったとは、、、
現在、栃尾で有名なジャンボあぶらげはこの秋葉神社の参拝者の間で広まったのが起源だそうで、北陸の宗教とあぶらげの深い関係性が窺えますね
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栃尾の町を見下ろす、栃尾で有名な神社です
現在は境内は秋葉公園になっていて、公共の施設があるような場所です
広い芝生の公園にはFESができそうなステージまであります
横からの彫刻も細かくてすごいですが、金網が
そんな境内には上杉謙信公像があり、この像の「謙信公」の文字は、地元のカリスマ宰相・田中角栄氏のものだそうです
戦国のカリスマ武将・上杉氏と、昭和のカリスマ宰相・田中氏の豪華な共演です
どちらも好きな方には、時を越えた貴重なコラボの場です
境内は現在は寺の境内になっているので、お寺の鐘があったりするので、これが神社なのかよくわかりませんでしたが、本殿の方に石川雲蝶の説明板があったのでわかりました
本殿の方は、保護のため、屋根と金網に囲まれて見辛いのが残念ですが、石川雲蝶の狂ったような彫刻まみれの本殿は見応えがあります
拝殿の方も大きく立派なものです
彫刻も凝っていて、例大祭の宣伝も書いてありました
ここに上杉氏の像があるということは、かつて本人も参拝したのでしょうね
若き日の上杉氏の出発の地、同じ場所で同じ神社に時を越えて参拝できるというのは、貴重な場所だと思います
虎千代が隠れて難を逃れた岩を再現
もし彼が天下を取っていたら、、、彼は同時代の他の戦国武将からも信頼が厚く、彼が天下を取るべき人物だという意見もあったそうで
しかし、志半ばに亡くなり(酒好きで糖尿だったという説も)徳川氏が天下を取ってしまいました
歴史にもしもはありませんが、彼が天下を越後で取っていたら、越後の歴史、新潟県の現在もどう変わっていたのだろう
この日はRADWIMPSのVO・野田君風FASHIONで共演
上杉氏・歴史・秋葉好きの方にもおススメです♪
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