残念ながら大津波、大火災で被災し消えた町並だが復興中

場所・ 宮城県気仙沼市魚町他
 
竣工・ 明治時代以降?

構造・ 木造2階建て 土蔵 看板建築も

最終訪問・ 2010.10 

これは実際に2010・10に気仙沼の町に行ったときのレポートです。

宮城県最北部、南三陸の日本有数の漁港として知られる気仙沼波
ご存知の通り気仙沼の魚町地区は2011年3月11日の東日本大震災による大津波、その後の大火災で町ごと消えてしまいましたガーン

 

旧料亭 扇屋」 昭和4年(1929)築 

残念ながら魚町なので今はもうないかも


このときはまさかそんなことが起こるなんて予想もせずに大津波の半年前に訪れました波

この魚町地区は港からすぐの平地なので津波でやられてしまったのだと思いますガーン

 

魚町の旧旅館? とても素敵な建物だったのに


周りには文化財の蔵店舗や料亭、ニュースでも目にした「男山本店酒造」の事務所棟の3階建ての洋館などがありましたが、これらも1~2階が崩れてしまった光景をTVで目にしましたえーん

しかし、2019年現在では、復元された物件もありますピンクハート

 

「男山本店」 残った部材は保存中 魚町2


でも大部分は、このときに撮影した気仙沼の町の最後の姿は貴重な記録となりましたアセアセ
このときはまさかこの地域が80年毎くらいに定期的に津波に襲われる地域だとは知らずに、高台の国道の標識に「津波避難道路」という標識があり、これは当時は他の地域では見かけない標識だったので不思議に思った記憶があります??

 

「福よし」 魚町の大型看板建築でした


その後、あの大津波が来て津波に襲われやすい地域だということを知りましたガーン

 

「旧武山米店」 なんと復元されて復活 国・登録文化財


大震災後に旦那が仕事で気仙沼に行きましたが、手前の津波被害のなかった地域で仕事で海側には行かなかったようなので詳しいことはわかりませんアセアセ
旦那は見物目的で行くものではないという考えなのでお父さん

 

魚町の街角 これもかつての風景


静かな東北の港町という印象でそんなに大きな町ではありませんでしたが雰囲気のある町でしたウインク
魚町周辺は昔の気仙沼大火後の建築の町なので建築年代がだいたい同じで古い洋館や看板建築、近代和風建築などが商店街に点在していましたハート

 

「旧大内料理学院」 新町2 昭和初期 (現存)

 

昭和初期くらいにも大火で町がなくなった経験があり、そこからも復活してきている町なんですね筋肉

やはりかなりサカナで儲かる産業があるので、復興の底力のある町なのでしょうかねキラキラ

 

まるで船のようなモダンな意匠の看板建築でした 魚町1


私たちの旅は、当時は洋館の旅でグルメなどにかける時間とお金がないのでフカヒレなど海の幸は残念ながら味わえませんでしたアセアセ

このときは1泊2日で岩手を周り、その最後に訪れましたウインク

(当時は強行スケジュールでも元気だなあ)

気仙沼から新潟へ帰ってきても、高速片道1000円でほんとに助かりましたハート

 

「松月堂」 レリーフの素敵な看板建築でした 魚町

 

私もこのときから9年、町並がどう復興されたのか、このときの町並みと比較して少し気になります(昨日、今日と現地に滞在されている八幡大佐さんの記事を待たれよ)ウインク


ぜひ皆様は三陸沿岸に訪れた際は豊富な海の幸を味わって地元にお金をたくさん落として行って下さい♪゜・*:.。. .。.:*・♪

大津波、大火災で命を失った方々のご冥福をお祈り致します
えーん