さすがは伊達の豪華絢爛な仙台を代表する大きな神社

場所・ 宮城県仙台市青葉区八幡4丁目6-1

電話・ 022-234-3606

創建・ 平安時代

御祭神・ 応神天皇、仲哀天皇、神功皇后

竣工・ 江戸時代 慶長9年~12年

構造・ 木造入母屋造り 本殿、拝殿

最終訪問・ 2009.04

*国宝 *国・登録有形文化財

宮城県の県庁所在地、東北の大都市・仙台市青葉区の住宅街の中にあります神社
創建年代は不明ですが、社伝では坂上田村麻呂が大分県の宇佐神宮を鎮守府(胆沢城)に勧請し鎮守府八幡宮と称したことに始まり、室町時代に入り奥州管領であった大崎氏が本拠地(現・宮城県大崎市)に遷したため、大崎八幡宮と呼ばれるようになったといいます乙女のトキメキ

 

向拝も派手な意匠 鈴の縄が東北ぽいかも(庄内も似ている)


大崎氏改易後の慶長9年(1604年)、伊達政宗が仙台城から見て北西(乾)かつ仙台城下町北西端の現在地に造営を始めました筋肉
当地は別当寺の龍宝寺の西隣にあり、城下町の北に連なる北山丘陵(七北田丘陵)と広瀬川とが接するために城下町がある河岸段丘の西端部にあたり(ブラタモリぽい)、広瀬川上流の愛子盆地や山形方面に向かう作並街道(現・国道48号)が超えなくてはいけない最初の難所の鶏沢の城下町側に接する地です富士山

(確かに社地は傾斜のキツイ丘の上にあった、周囲は高級住宅地)

 

内部では結婚式が厳かに行われていた


慶長12年(1607年)、従来伊達氏が祀ってきた成島八幡宮と合祀して遷座し、仙台城下の乾(戌亥・北西)天門の鎮めとした(当宮の西隣の鶏沢には堤も造られましたキラキラ


以前に大崎氏の家臣が行なっていた流鏑馬の神事は、その旧臣3人が祭りの日に仙台までやって来て勤めました馬
仙台藩は寛永15年(1638年)から彼らに旅費を支給しました札束

(この辺がやはりお金持ちの藩がやることですね)
後に社職の者も加わって4人が勤めました
キラキラ

 

秩父神社や東照宮ばりの派手さ乙女のトキメキ

 

社殿の造営にあたっては当代随一の工匠が招待され豪壮にして華麗なる「桃山建築」の特色が発揮されており、仙台62万石(本当は100万石だったとの説も?)の総鎮守として伊達家の威風と遍宮当時の絢爛たる息吹を今に伝えています乙女のトキメキ
大崎八幡宮社殿は権現造りの現存最古の建築であるだけでなく、軒まわりの美しい彩色にその特徴がありますニコニコ


型紙を使わないで描かれており、特に斗きょうまわりを中心に、自由に配色されていますキラキラ
おおよそは左右対称的に色が使われているものの、良く見ると違う箇所もありますウインク

 

背後の本殿も共通デザイン 権現造り


また、補修のために後何度か塗りなおされましたが、古い彩色にとらわれず、全く別の色を塗り重ねたところも多いです乙女のトキメキ

内報長押より下は漆の黒一色にまとめられており、それだけにいっそう、軒まわりの彩色が映えますキラキラ

 

伊達家にとって、「黒」は特別な色乙女のトキメキ

伊達の勝ち色」といって、縁起を担いだ色だそうで、必ず鎧や建物などに使われる色だそうです(将軍家の色だと他に「彦根の赤揃え」とかありますよね、それぞれテーマカラーがあるんですね)キラキラ
さすが伊達流、センスが良いです乙女のトキメキ

(こういう金持ちでセンスの良い派手キャラ、前田の加賀とも似ている)

                   *


これは2009.04に実際に訪れたときのレポートです。

こちらはさきほど寄った「仙台東照宮」よりも格上の「国宝」級です乙女のトキメキ
大崎八幡宮はときの権力者の都合で岩手県水沢区~大崎市~仙台市青葉区へとどんどん南に流されて来ましたアセアセ

 


確かにこんなにきれいな社殿は私は日光東照宮の他にあまり見たことがありません乙女のトキメキ
伊達政宗はデザイン・プロデューサーとしての才能もあったのではないでしょうか(本人もお洒落だったらしい)?

それか、補助の家臣にやはりすごいセンスの良い方がいたとか?

 


当日は拝殿の中で結婚式が行われていましたピンクハート
それもあってなお一層、厳かな雰囲気がありましたキラキラ
11月の七五三や初詣の時期はとても賑わうのでしょうねおねがい
神社、仏閣好きの方は仙台に来たらぜひ寄ってみると良いと思います神社

神社・パワースポット・建築好きの方にもオススメです(^^♪