明治初期の工場が世界遺産になった珍しい例

場所・ 群馬県富岡市富岡1-1

竣工・ 明治5年(1872)以降

構造・ 木骨煉瓦平屋、2階建て 他

開館・ 9~17時? 1000円

最終訪問・ 2008.11

*世界遺産 *史跡 *国・重文

群馬県南西部、世界遺産の「富岡製糸場」です星
明治維新後、政府は、日本の近代国家への礎石として工場化された産業施設の創設を計画しました日本
これは近代化された諸外国への仲間入りを目指して行われたものです(鎖国していたので地位が低いんだなあ)キラキラ

 

まだ「世界遺産暫定候補」と書いてある時代のパンフ


特に、貿易による外貨獲得の道として「生糸の輸出振興」が打ち出され、政府側では尾高惇忠を創立責任者に、そしてフランス人「ポール・ブリューナ」を首長に迎えて、この富岡の地に模範製糸場が設立され、明治5年(1872)10月4日に操業が開始されましたフランス



なぜ富岡の地が選ばれたかというと、


1. 富岡付近は生糸を作るのに必要な繭を確保できるから
2.
工場建設に必要な広い土地が用意でき、また町民の同意があった
3. 
製糸に必要な水の確保ができるから
4. 
燃料の石炭が近くの高崎、吉井で採れるから


他にも武蔵・上野・信濃の各地の候補があった中、勝ち抜くことができました星
設計は横須賀製鉄所建設に関わったフランス人のオーギュスト・バスチャンフランス
煉瓦は隣町・甘楽町福島町で焼き、フランドル積木材は妙義山、吾妻から、ガラス窓などはフランスから輸入されました富士山


事務所棟 受付など 正門と東繭倉庫の間の左手にある

 

木骨煉瓦造りの特色あるこの建造物群は、官営から三井、原合名会社、そして片倉工業(株)へと変遷をたどって来ましたが、常に日本の産業のリーダー、シンボルとして130年余りの間輝きに満ちて歩んで来た歴史的な文化遺産です日本


一貫して製糸工場として使用され、昭和62年に操業を停止しましたえーん
当初の施設がほぼ現存し停止時の機械設備、事務所、寄宿舎、社宅など附属施設も完全に残っています星

 

 

事務所棟 正門と東繭倉庫の間の左手にある

 

片倉工業(株)より平成17年(2005)10月1日、富岡市に管理が移され、国・重文、史跡、世界遺産として、現在も保存されていますキラキラ

                *

次は
国道254号、信州街道沿いの「旧富岡製糸場」へラブラブ
少し迷ってしまって大回りをしましたが旧商店街の突当りの大きな敷地にそれはありました星
ここは今日のメインですてへぺろ

 

門前町の土産 「信州屋 上州名物 和風しゅうまい」


車を停めようとすると周りの民家のガレージなどを「1日・500円」などとして売り込んで来ますガーン
もうすっかり観光地化して「旧富岡製糸場 城下町」になっていますタラー
でもこういうのはあまり好きでないので敷地の裏手へ行くと駐車できそうなスペースを発見(他にも車がいたが、停めて良かったのかは不明)てへぺろ


世界遺産になってからは付近に大きなPを作り、そこから歩いて行くということに改善されたらしいですラブラブ
世界遺産になれば昭和レトロな町並は姿を変え観光施設が軒を連ねるようになるかも知れません(レトロが流行りなのでレトロが残されているらしい)アセアセ
このときは先取り気分でいざチョキ

世界遺産・煉瓦・洋館好きの方にもオススメです(^^♪