大正期の大表作として知られる英国ゴシック風チャペル

場所・ 東京都港区白金台1-2-37

電話・ 総務課 03-542-5111

開校・ 明治19年(1886)

竣工・ 大正5年(1916)

設計・ W.M.ヴォーリズ

構造・ 木造2階建て

最終訪問・ 2011.04

*港区・有形文化財

東京都港区、セレブの町として有名な白金にあるおしゃれな大学ですキラキラ
白金キャンパスの正門を入ってイチョウ並木をしばらく歩くと、左に見えるのが礼拝堂です乙女のトキメキ
建物は空から見ると十字の形をしており、アメリカ積煉瓦壁とハーフティンバーの木造コントラストが美しいですアメリカ
大正8年(1919)にはヴォーリズ自身もここで結婚式を挙げました(さすが建築家、自分の式場を自分で設計してしまとは)ラブラブ

安政6年(1858)、アメリカ・ニューヨークから一人の宣教師が夫人とともに来日しましたアメリカ
ヘボンの通称で知られる、ジェイムス・C・ヘップバーン博士です(へボン式ローマ字ね)学校
彼は横浜居留地に居を定め、日本人のため無償で医療活動を行うかたわら、英和辞典の編集や聖書の和訳に取り組みますアセアセ
さらに、妻クララとともに文久3年(1863)年に英学塾を開設しました学校
ヘボン塾と呼ばれたこの塾が、現在の明治学院の源流ですラブラブ

明治10年(1877)には、改革派・長老派系の3つのミッションによる私塾を統合する形で、東京築地に東京一到神学校が設立されました(この当時の築地には、その後の青学や立教などの元になる学校が林立)学校
この学校と、ヘボン塾の後身である東京一致英和学校、同校から分岐した英和予備校が合併し、明治19年(1886)に明治学院の名が誕生しますキラキラ

学院の校地は明治20年(1887)に白金村玉縄(現在地)に移転、明治22年(1889)にはヘボン博士が初代総理(学院長)に就任しましたアメリカ
初代のチャペル(ミラー記念例外洞)は明治35年(1902)に建てられましたが、度重なる地震で破損し、さらに礼拝の場として用いていた建物が大正3年(1914)に焼失するに及んで、新たなチャペルの建設が学院の急務となりますアセアセ

厳しい財政事情のなかで、旧チャペルの廃材を利用した、経済的に助けとなる設計を引き受けたのが、ヴォーリズ建築事務所でしたお父さん
大正5年(1916)3月に落成、同月27日には卒業式を兼ねた献堂式を迎えましたキラキラ
関東大震災にも耐えましたが、その後学生数の増加に伴い手狭となったため、1920年代末にかけてコンクリートの控え壁補強と共に両袖を拡張しましたアセアセ
昭和41年(1966)にはパイプオルガン設置のための改修を実施、さらに2008年には修理されました乙女のトキメキ

学院には、日曜礼拝を行う「明治学院教会」(日本基督教会)が存在した時期がありましたが、明治22年(1889)設立の第一次教会は2年後に解散し、現・日本基督教団高輪教会に合併されましたアセアセ
第二次教会は大正7年(1918)から大正11年(1923)まで存在しましたびっくり

 

「日本基督教団 高輪教会」 昭和8年(1933)築 ライト式建築


長らくチャプレンをもたなかった明治学院ですが、1996年度よりキリスト教主義教育推進とキリスト教諸活動の活性化を図るため、「学院牧師」(チャプレン)の職を創設キラキラ
2003年には、学院牧師の指導の下、横浜キャンパス(戸塚)チャペルで「明治学院教会」という名の集会が日曜礼拝を守っています乙女のトキメキ
神学部は昭和5年(1930)に分離したため、今基督教を専門に扱う学部はありませんが、大学の全学生には「キリスト教の基礎」が必修科目となっており、卒業生から多くの伝道者を輩出していますお父さん

チャペルでは、学院の行事の他、高校・大学の式典や、授業期間中の平日には礼拝が行われていますキラキラ
およそ600名収容可能で、収容人数の関係で、入学式・卒業式をより広い講堂で行う学校が増えていますが、明治学院ではいまもチャペルを会場に、礼拝形式で式典を挙行する伝統を守っていますルンルン

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多分、キリスト教系の大学なので神学科(分離したそうですね)とか、場所柄お金持ち系の大学なのでしょうか!?
とにかくさすがは白金の大学だけありますね札束

こんなお洒落な校舎のある母校の方は良いですね義理チョコ
建築はヴォーリズ先生なので、近くのライト式の「日本基督教団・高輪教会」と共に見る価値はありますね(でも勝手に敷地に入れないので、道路から見える範囲で)チョコがけハート

洋館・校舎建築・キリスト教好きの方にもオススメです(^^♪