じぶんにたいして、たくさんのキケン・もんだい・トラブル・モメごとを、つまり、不運・不幸をもたらすという「悪縁」が、まわりにたくさんそんざいしている。

 

 こういうケースにおいては、つぎつぎに、たくさんのおカネがひつようになる。出費がかさなり、いずれは金欠になり、クビがまわらなくなる。

 

 さらに、ばあいによっては、シゴトをうしなうハメになるかもしれない。しょくばにおいて、ニンゲンかんけいなどのトラブル・モメごとに巻きこまれてしまい、退職するというケースなどである。

 

 つまり、悪縁があればあるほど、じぶんがツラク・くるしい目に遭うことになる。そしてそのとき、おそらくほとんどのケースにおいて、じぶん自身のチカラ・ずのう・のうりょく・さいのう・意思などでは、うまく対処・たいおうし、かいけつすることができない。

 

 いわば、「されるがまま」という状態になってしまう。悪縁がりゆう・げんいんで、キケン・もんだい・トラブル・モメごとに巻きこまれたのであれば、そのりゆう・げんいんは、じぶん自身にはないはずである。

 

 あたりまえのことではあるのだが、じぶん自身にりゆう・げんいんがあるのならば、じぶんのチカラ・ずのう・のうりょく・さいのうで、ソレにたいして対処・たいおうし、かいけつすることができるかもしれない。

 

 なにせ、じぶん自身にりゆう・げんいんがあるのならば、ソレをまるごとつぶしたり、けずったり、消去すればいいのだから。りゆう・げんいんが、カンゼンになくなれば、そのキケン・もんだい・トラブル・モメごとは、やがて消滅するはずである。

 

 だがしかし、悪縁がりゆう・げんいんならば、ソレは、「じぶん以外のたにん・ダレかに、りゆう・げんいんがある」という状態になる。

 

 そして、たにんにたいして、じぶんがいくら、「こうしろ、ああしろ」といってみたところで、あいてがソレを真にうけて、チャントなおしたり、変えてくれる保証などないであろう。なにせニンゲンは、たにんを変えることはできないのだから。

 

 変えることができるのは、たにんではなくて、じぶん自身なのである。ということであれば、悪縁がりゆう・げんいんで、たくさんのキケン・もんだい・トラブル・モメごとに巻きこまれ、不運・不幸な状態になってしまったのであれば、たとえそのりゆう・げんいんが、じぶん以外のダレか・たにんであったとしても、まず第一に、じぶん自身のことで、やれることをしなければならないはずである。

 

 たにんのことを、コチラの意図したとおりに、じゆうに変えることはできない。だからこそ、じぶん自身のことを変えていくしかないであろう。

 

 つまり、「ダレと会い、かかわり、仲よくするのか」ということを、じぶん自身で深く、そして、チャントかんがえなければならない。いわば「対人センサー」というものを、つよくもたなければならない。

 

 コレができなければ、どうやら、悪縁がりゆう・げんいんによる、たくさんのキケン・もんだい・トラブル・モメごとを、何度もたいけんするハメになりそうである。