いつも、ブログをお読みいただき

ありがとうございます。

前回は2ヶ月の目標に到達できず、

悔しい思いをしたとこまでお伝え

しました。

プルデンシャルでは週3件、月に12件

を契約するのが新人の目標であり

成功するための文化のようなもの

がありました。

しかしながら、私は活動量の割に

なかなか成果が出ず、月に5件程売る

のが精一杯で、同じ営業所の先輩から

はあいつ大丈夫か?というような

目で見られていました。

ある日同じ支社で唯一の同期入社の

Mさんから、「そう言えば、Kさんが

澤田さん、大丈夫かね」と言っていた

と聞き、無性に腹が立ちました。

何故ならKさんは入社7年程のベテラン

で、あまり業績が出てないのに、

懸命さが見られず、普段ウンチクばかり

言ってミーティング中でもたまにヘラ

ヘラ笑ったりすることもあり、いわゆる

チャラ男タイプで、自分が売ってない

ことから目をそらしている感じが

とにかく私は嫌いでした。

人の業績をとやかく言う前にもっと

仕事しろ!そんな奴に言われたくないと、

その晩悔しさから私は捩り鉢巻きを

して寝ました(ジョークですがそんな

気持ちでした。)

そしてあいつを絶対見返してやる

12件取るまで昼メシは食べないと

誓い仕事に専念しました。

新人の時はたまに所長が同行して

くれるのですが、昼食休憩に私が

12件達成するまで昼メシ抜きですから

と伝えるました。

内心、俺も付き合うと言ってくれる

かと期待しましたが、「悪いけど俺は

食べるからな」とうまそうに食べて

いるのを見てまた腹が立ちました。

そんな、行動に効果があったのか

昼メシ抜きを始めて約2ヶ月後に

1ヶ月に12件売ることができました。

同期のMさんから、凄いねと言われ

実はあの時にKさんが言われたことに

腹が立ち発奮したんだと、伝えると、

Mさんは「Kさんは澤田さんのこと

心配して言ったんだからそんな

こと言ったあかんよ」とたしなめら

れました。

ちょっと違うんだけどなあと思いなが

らMさんにもKさんにも感謝しました。

そして転職を反対していた義理の父

からこの月のことは誉められたこと

は何よりうれしいことでした。

今考えるともっと感謝の気持ちを伝えれ

良かったと悔いが残っています。

(続)


前回は叔父から応援の言葉をかけて

もらって、いよいよ第一歩を踏み出す

ところまでお伝えしました。

研修中に書き出した100人の知り合い

や友人のリストを使い電話がけを

開始しました。

快く会う約束をしてくれる人も

いれば、断わる人も当然いました。

とにかく予定を入れられるだけ、

入れたため次へ向かう時間に余裕

がなく、車を飛ばしたり時には

時間に間に合わなかったことも

ありました。

コンベンションへの入賞という目標

もありますが、新人は週に3件の申込

を最低基準として行動を促す目標も

ありましたたので必死でした。

支社の壁に週3件を50週100週150週

連続して達成した人の写真が貼られ

ていて、全国には10年続けた人も

いると聞き、とんでもないとこに来たと

改めて感じ始めました。

それでも土日関係なく働き、朝8時から

中には夜11時にご自宅で会ってくれた

ご夫婦のお客様もいました。

お子さんが小さいお客様には

育英会から出版された「お父さんが

いるって嘘ついた」という

病気でお父さんを亡くした子供さん

の作文を集めた本を読み、感動して

涙を流されることもありました。

日々駆けずり回る中にやりがいや

楽しさを感じながら、申込は1週目から

もらえました。

ただ、目指す2月で35件のペースには

程遠く、週3件も4週連続しかできず、

目標の35件に対し2ヶ月21件、手数料

も3分の1以下で同期32人中25位

でした。

同時に家族と一緒にサンフランシスコ

コンベンションに行くという夢は

脆くも消え去りました。

そしてトップは70件というのを知り、

その力の差に愕然としました。

そんな中でも自分の成長を感じること

ができたことは確かでした。

この時私が真我に出会うまで

あと8年でした。

(続)


いつもブログをお読みいただき

ありがとうございます。

前回はプルデンシャルの入社式に

出席し新たな一歩を踏み出した

ところまでお伝えしました。

入社式から帰宅して、翌日私は

ある人の元にむかいました。

それは私の父に恩を感じ、慕って

くれている叔父の元でした。

叔父は脱サラして車販売の会社

を始め、一度は倒産を経験しな

がら再び会社を立ち上げ今は

経営者として成功している人

でした。

私は叔父に会うと、第一声「実は」と

切りだしました。

すると叔父は「転職したかね」と

まだ話の途中で言い当てました。

私はびっくりして「何でわかったん

ですか」と問いただすと、30代の男が

話したいことがあると言って会いに

きて、実は、と話し始めたら

転職の相談に決まっとる

と言いました。

更に転職先は外資系の

保険会社でと話すと「プルデンシャル

かね?」と言うので再び私がびっくり

していると「うちの会社の保険は

プルデンシャルだ」と言いました。

叔父は憲良君の以前の仕事では

いずれ、転職すると思っていた。

私も36歳の時、一度潰した会社を

立ち上げ直した。

男としてこれからという年齢であの

会社から声かけられたのは、喜ばしい

ことだと言ってくれました。

叔父にはいずれ保険の話を聞いて

もらいたいと思い訪問し、すでに

契約者だったのは少し残念でした

が、全てを見通したような叔父

の励ましの言葉は暖かく、心強く

正に私への応援の言葉でした。

そして1ヶ月の研修を終えて11月から

いよいよ第一歩を踏み出すこととなり

ました。