今ここに生きる理由がきっとある -84ページ目

今ここに生きる理由がきっとある

ブログの説明を入力します。

そろそろ来るんじゃないかなーと、思っていたら今日ポストに入っておった音譜



気になる結果は・・・



じゃんビックリマーク



今ここに生きる理由がきっとある

二級合格パー


72点で14位でした。
今ここに生きる理由がきっとある
受験者少ない・・・w


一級は、残念の55点汗
今ここに生きる理由がきっとある
想像通りの結果ですなー。


ま、副長になれただけで万々歳なんで


お祝いをクラッカー ひとりでね。(相方は中国出張中)


先日の幕末維新祭りで買った、松陰先生&高杉さん&俊輔が描かれたワンカップ笑とコンビニのシュークリーム笑で。 
今ここに生きる理由がきっとある

高杉さーん、受かったよ。


松陰神社で合格祈願したおかげだよ。



受験者全員プレゼントの斎藤一キューピー
今ここに生きる理由がきっとある
目がカワイイラブラブ 薄桜鬼の斎藤さんっぽいな。

誕生日はいつ? ブログネタ:誕生日はいつ? 参加中

教えたらプレゼントくれるのかはてなマーク


わたしの誕生日は大塩平八郎の乱があった日です。


大塩平八郎の乱(おおしおへいはちろうのらん)は、天保8年(1837年)に、大坂(現大阪市)で大坂町奉行所の元与力大塩さんとその門人らが起こした江戸幕府に対する反乱である。大塩の乱とも言う。旗本が出兵した戦としては島原の乱(1637年 - 1638年)以来、200年ぶりの合戦であった。

(Wikiより)



幕末手帳(赤)買った。 12月から始まるんだけど、いきなり高杉さん!!
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壁掛けカレンダーと卓上カレンダーも買った。
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最近買った本はコチラサゲサゲ↓
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佐幕派の方おススメの一冊です。


遊撃隊の伊庭八郎くん&人見勝太郎くん、仙台藩・額兵隊の星恂太郎くん、庄内藩・酒井玄蕃くん、桑名藩・雷神隊の立見鑑三郎くんなどなど・・・


ざっくりなんですけど、かゆいところに手が届いてます。もー、たまらんです!

ただ、星くんの解説部分が、小説のまんまだったのが気になるんですが・・・。合田氏が書いたのかと思った。


この小説ね、現在絶賛絶版中。 やっと最近手に入れた。

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今日はブラックだ!と、隊服ひっくり返すくだりがまんまで、パクった?って思っちゃったんですが。

赤は平時、黒は戦闘時でしょー?



個人的にツボだったのが、桑名藩主・松平定敬(まつだいら さだあき)くん(14歳で藩主になる)


この方、会津藩主・松平容保(まつだいら かたもり)公の実弟で、京都所司代を務めてました。


新選組が京都で暴れまわってた時期ですね。


京都所司代時代、定敬くん(18歳)。


乗馬が得意で、四条堀川通りを走り抜け、護衛は速攻引き離され見失うw


乗馬ファッションは、筒袖ぶっさき羽織に羅紗の四布袴の洋装スタイル、しかも洋鞍。


(筒袖ぶっさき羽織と羅紗の四布袴の画像は探せばあるのですが、勝手に貼れそうにないのでゴメンナサイ。)


お散歩する時も公務でお城へ行くときも、洋装スタイルでお出かけするものだから、家臣たちは止めるように言うんだけど、完全無視!


容保公が病弱だから、弟くんも弱そうなイメージだったんだけど、全然違いました・・・


そんな定敬くん、江戸でのお勤め時代に江戸城が火事になるという事件が起きます。


馬に乗り、真っ先に駆け付けたのが定敬くんと、彼のお小姓の立見鑑三郎くん。


当時の将軍家茂公は『おぉ!越中守、ずいぶん早かったね』とお喜びになったとか。


この時、家茂公と定敬くんは同い年で17歳、立見くんは18歳。


かわいいのぅ。可愛いけど、この若さでずいぶん重たいもの背負ってますよね。


同い年ってことで仲が良かったみたいで、京都所司代の就任も京都守護職の兄と家茂公に頼まれたから断れなかったようです。


戊辰戦争では、立見くんは雷神隊の隊長として、土方さんと一緒に宇都宮城を落とし、その後の朝日山の戦いでも大勝利。

朝日山の戦いは西軍参謀、山県狂介(有朋)&時山直八コンビ。 とっきーはこの戦いで戦死して、ガタはこの時のことをずーっと引きずっていたらしい。


立見くんは京都時代の土方さんと面識があって、当時は近寄りがたい威圧感があったそうだけど、鳥羽・伏見の戦い後、江戸で再会した時は控え目で穏やかな雰囲気に変わっていたと!!


定敬くんはいろいろあって、榎本脱走艦隊と共に箱館へ向かい・・・


乗馬を楽しんでいた


↑これが言いたかったw


定敬くんは謹慎後、激戦地の各地へ訪れ、桑名藩戦死者の法要を執り行い、碑を建てました。


晩年は日光東照宮の宮司をしていたのですが、常に孝明天皇から下賜された屏風があったそうです。

久しぶりにブログUPです。


今週末、27日・28日と世田谷の松陰神社と商店街で幕末維新まつりがあったので行ってきましたラブラブ


はい。2日間ともw


27日はお天気がよかった合格 

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お目当てはこちらの講演会
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長州サイドはほぼ初心者なので、お話についていけるかちょっと心配でしたが、

一坂さんのお話は分かりやすくて、面白くて行って良かったです。


特に28日の講演は、初心者にとって目からうろこでした。


高杉さんが奇兵隊を持て余していたので、押さえつけて勝手に動けないようにしたい。ガタは奇兵隊を通して上を目指したい。


だから、長州から離れたガタと奇兵隊。


ガタが脱藩して北越戦争に行ってたのは知らなかったです。


慎重派だけど、意外と大胆。


まぁ、他にも高杉さんは奇兵隊を可愛がってたと思ってましたけどね。

疎ましい存在だったんですね。

身分も武士と農民・町民ときっちり別れてたんですね。

みんな武士になれるんだと思ってましたよ。


自分の知識、小説レベル・・・


小説しか読んでないとこういう事になるw



講演会以外にも、面白いプログラムがありまして。


野外劇です。 


野山獄で松陰先生が出会った富永有隣氏を松下村塾へ招き、なんだかんだあって(←ひでぇ汗)

松陰先生が安政の大獄で、処刑されるまでのお話でした。
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今ここに生きる理由がきっとある
名前入れ忘れましたが、役人の後ろにいる人が有隣氏です。

ぼんやり写ってるんで、軽くホラーw



28日は朝から雨模様。


パレードはかなり縮小されて行われました。


つーか、パレードルートに人が誰も居なくて笑ったにゃ


確実に、27日より人が少なかった。

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パレードが始まったら賑わってきたので安心しましたよ。


先生たち御一行さま。野外劇の役者さん達です。
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奇兵隊が商店を攻撃パー
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しょーいん君と門下生の松浦くん。松陰先生の肖像画を描いた人です。

そのへんのくだりも劇でやってました。
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絶対に萩ではこういう、しょーいん君は許されないだろうな。
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冬休みに萩と下関行くから、観光協会でパンフ貰ってきました。
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るるぶとか見ても、あんまり載ってないからこれは助かる音譜


真冬の山口、寒そうだなぁ・・・