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今ここに生きる理由がきっとある

ブログの説明を入力します。

伊東甲子太郎さんの変名が、なんで摂津なのか考えていたら、眠れなくなったいっしーです汗


八重の桜の吉川西郷さん登場シーンを、リピートして観てたら相方にキモイと言われました。


だってー、カッコいいんだもーん音譜


ついでに(?)八重の桜ネタをひとつ。


羽織の前についてる紐。ぽんぽんついてるやつ。(←名前知らない)


覚馬にーちゃんのが綺麗な色なので目立ってて、おしゃれさん設定なんだろうかと思ってたんですよ。


違うんだね。


役職によって色が違うんだって。


知ってましたはてなマーク


その名も「紐襟制」

会津には、家老から足軽まで士中(4階級)、寄合(3階級)、足軽(4階級)と11階級に分かれていて、それそれに紐の色(襟の色)が決まっていたのです。


紐制は上士と中士に適用され、第1級・納戸紐第2級・黒紐、第3級・紺紐第4級花紐

(ここまでが上士で「士中」。藩校日新館に入学できた)


第5級・茶紐第6級・萌黄紐第7級・浅黄紐

(ここまでが中士で「寄合」)


襟制は足軽に適用され、第8級・黒襟第9級・大和柿襟第10級・白鼠襟第11級・浅黄襟


覚馬にーちゃんの色は花紐

上士の中で一番下の位ということでしたww



で、読んだ本はコチラ。


歴史読本3月号



大好きメンバーが勢ぞろい。戊辰戦争をどう戦ったかを解説。


特にこれといった目新しい記事はなく・・・ 


でも、新政府側の人はよく知らなかったから、勉強にはなりました。



面白いと評判のしのぶがっ!


評判通り、すっごい面白いです。


慶喜さん苦手だわーって方にもおススメします。面白いから。(←どう面白いかは読んでみる事)


2巻では晋作くん、久坂くん、俊輔もちょこっと出演してました。 2巻までは慶喜さんとの絡みはなかったんですが、これからあるのかもw 


お土産編です。今回は結構買ってしまったので、一部を紹介あせる


何かが憑りついていたのかもしれん・・・


まず、初めに。松陰神社で買ったサゲサゲ↓


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普通に、シャーペンとボールペンとしおり。

しおりは松陰神社の銀杏が使われてるのです。


しーまーとで買ったサゲサゲ↓
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ビール合格

このビールは、しーまーとでしか見かけなかった。

店頭に並んでいるのは3本セットだけど、店内の冷蔵庫の中のものはバラで売ってました。

ちなみに長州ファイブのビールは地ビール。

高杉さんのは、函館で売ってる土方さんのビールと同じもの。ラベルだけが違う。


長州では、ちょんまげビールが有名だけど、あえてこちらを。


ちょんまげビール(参考)
今ここに生きる理由がきっとある

萩博物館で買ったサゲサゲ↓

湯呑なんだけど・・・全く似てねぇし!!

名前が付いてなければ誰が誰だか分からんよ。


なんでコレ買っちゃったんだろうね~


あ。ちゃんと、湯呑として使ってますよ。



ストラップと置物


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ストラップは松陰神社で売ってた方が可愛かった気がする。


俊輔(博文)のストラップはスマホに付ける。(まだ付けてないけど)

初代内閣総理大臣のストラップ・・・どれだけ需要があるのか。

俊輔が寂しがるので、井上馨も作ってくれるとありがたい。(←え?) 


置物と高杉さんはこうなる。

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長州ファイブのクリアファイルとポストカード
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何度見ても、この写真はいいなぁ~

遠藤謹助くんの手の置き方が武士っぽい(武士なんだけど)のに気が付いた。(上段左) 

この子たち、ロンドンでも道や廊下は、直角に曲がってたんだろうか。


今さらだけど、長州ファイブとは・・・


伊藤博文(初代内閣総理大臣)、井上馨(初代外務大臣)、山尾庸三(工部卿(工業の父))、遠藤謹助(造幣局長)、井上勝(鉄道庁長官(鉄道の父))


この写真、この子たちの留学先のUCL(ロンドン大学、ユニヴァーシティ・カレッジロンドン)の廊下に貼ってあるらしいです。見た人がいるw



書籍


吉田稔磨のこと、全く知らないので買ってみた。

生家もスルーして来ちゃったし。


ここでしか買えない書籍って、そそりますねー


お土産はこんな感じです。



お☆ま☆け
今ここに生きる理由がきっとある
カッコいいパンフレットじゃ~ラブラブ

☆菊屋家住宅・菊屋横町☆

ガイドブックでおなじみな風景。高杉さんちの前の通りです。


ここまで城下町の風景を保存してるのに、なぜ電柱を地中に埋めないのか謎です。


☆萩城址☆駐車場あり。


明治7年、廃城令により、建物は全て解体されて、現在は石垣と堀が残っているだけですが、
園内には13代藩主毛利敬親が倒幕の密議を凝らした茶室『花江茶亭』が移設されています。


廃城令とは・・・陸軍が軍用として使用する城郭陣屋と、大蔵省に引渡し売却用財産として処分する城郭陣屋に区分された。
処分されるはずのお城(犬山城、松本城)で、売却後も取り壊しされることが無く、現存しているものもある。

ついでに入った☆萩資料館☆


寒くて暗かったけど、面白い資料がありました。

ただ解説がないものも多くて、文字が読めなくて悲しかったです・・・


☆旧萩藩御船倉と女台場付近(通り過ぎただけ)駐車場なし。

萩藩御船倉は行くつもりはなかったのですが、萩博物館のスタッフの方がおススメしてたので、行ってきました。


藩主の御座船や軍船を格納した御船倉で、明治以降の埋め立てのため、現在は河岸から離れたところにあるのですが、当時は松本川に面して船が自由に出入り出来る場所でした。


ここしか立ち寄らなかったのですが、浜崎商家町といって伝統的建造物が保存されている地区もあります。


女台場は外国船からの襲撃に備えるため日本海に面した菊ヶ浜に土塁が築かれました。

武士たちの留守をあずかる老若男女たちは、身分や貧富を問わず奉仕作業し、この時ばかりはめったに外に出ることのなかった武士の妻や奥女中までが参加したことから「女台場」と呼ばれています。

ビックリマーク高杉さんは妻の雅ちゃんに、『行かないように』とお手紙を書いています。


萩最後の目的地が☆久坂玄瑞旧宅跡☆駐車場なし。

高杉晋作、久坂玄瑞、吉田稔麿、入江九一と共に吉田松陰門下四天王の一人として活躍。

元治元(1864)年の禁門の変(蛤御門の変)で、幕府方諸軍と戦い、流弾を受け負傷。

享年25歳という若さで自刃した。


これは萩の街中を巡回しているバスのバス停。可愛いので撮ってみました。

東回りコースが松陰先生。西回りコースが晋作くん。


唐突ですがこれで、長州旅行はおしまいですパー


わたしの代わりに先生が一言。


お土産編につづく・・・