長州旅行☆3日目② | 今ここに生きる理由がきっとある

今ここに生きる理由がきっとある

ブログの説明を入力します。

☆菊屋家住宅・菊屋横町☆

ガイドブックでおなじみな風景。高杉さんちの前の通りです。


ここまで城下町の風景を保存してるのに、なぜ電柱を地中に埋めないのか謎です。


☆萩城址☆駐車場あり。


明治7年、廃城令により、建物は全て解体されて、現在は石垣と堀が残っているだけですが、
園内には13代藩主毛利敬親が倒幕の密議を凝らした茶室『花江茶亭』が移設されています。


廃城令とは・・・陸軍が軍用として使用する城郭陣屋と、大蔵省に引渡し売却用財産として処分する城郭陣屋に区分された。
処分されるはずのお城(犬山城、松本城)で、売却後も取り壊しされることが無く、現存しているものもある。

ついでに入った☆萩資料館☆


寒くて暗かったけど、面白い資料がありました。

ただ解説がないものも多くて、文字が読めなくて悲しかったです・・・


☆旧萩藩御船倉と女台場付近(通り過ぎただけ)駐車場なし。

萩藩御船倉は行くつもりはなかったのですが、萩博物館のスタッフの方がおススメしてたので、行ってきました。


藩主の御座船や軍船を格納した御船倉で、明治以降の埋め立てのため、現在は河岸から離れたところにあるのですが、当時は松本川に面して船が自由に出入り出来る場所でした。


ここしか立ち寄らなかったのですが、浜崎商家町といって伝統的建造物が保存されている地区もあります。


女台場は外国船からの襲撃に備えるため日本海に面した菊ヶ浜に土塁が築かれました。

武士たちの留守をあずかる老若男女たちは、身分や貧富を問わず奉仕作業し、この時ばかりはめったに外に出ることのなかった武士の妻や奥女中までが参加したことから「女台場」と呼ばれています。

ビックリマーク高杉さんは妻の雅ちゃんに、『行かないように』とお手紙を書いています。


萩最後の目的地が☆久坂玄瑞旧宅跡☆駐車場なし。

高杉晋作、久坂玄瑞、吉田稔麿、入江九一と共に吉田松陰門下四天王の一人として活躍。

元治元(1864)年の禁門の変(蛤御門の変)で、幕府方諸軍と戦い、流弾を受け負傷。

享年25歳という若さで自刃した。


これは萩の街中を巡回しているバスのバス停。可愛いので撮ってみました。

東回りコースが松陰先生。西回りコースが晋作くん。


唐突ですがこれで、長州旅行はおしまいですパー


わたしの代わりに先生が一言。


お土産編につづく・・・