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今ここに生きる理由がきっとある

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今朝の朝日新聞に龍馬さんの血判 誓約書見つかるの記事発見!!



龍馬さんの他には武市さん、以蔵も名を連ねる・・・


なにーーーーーー( ̄□ ̄;)!!


以蔵の字が見たいっ!! 血判見たい!! 以蔵の血液だよ~~ テンションUP間違いないよ~~


というか、記事。なんで、龍馬さんのとこしかないんだよ!? 武市さんも以蔵も載せてくれればいいのに(`ε´)


幕末ファンがみんな龍馬さんファンな訳じゃないぞ( ̄∩ ̄#


むしろ以蔵のほうを見たいと思ってる人の方が多いはず!!!!


8月末まで高知県立坂本龍馬記念館で公開するそうなので、誰かわたしの代わりに見てきてください(TωT)

やっと行くことができましたー


伝馬町牢屋敷跡
今ここに生きる理由がきっとある

慶長18年から明治8年まで江戸の牢獄として使われていました。


安政6年


5月14日 松陰先生を東送させるよう命令が下る。


6月24日 江戸に着き毛利藩邸内の獄に入れられる。


7月 9日 伝馬町牢屋敷に入れらる。


ここには当時江戸にいた高杉さんも通っていて、松陰先生の為にお金を届けてます。


高杉さんが松陰先生に投げかけた問い「男子たるもの死すべきところはどこなのか?」に、

「死して不朽の見込あらばいつでも死すべし。生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし」という手紙を出したのもこの獄からです。


10月26日 留魂録を作る。


10月27日 死罪の申し渡しがあり、正午頃処刑される。


絶筆

10月27日呼出しの聲(声)をききて

此の程に思い定めし出立はけふきく、こそ嬉しかりける


辞世

身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂



裏側

安政の大獄で処刑された最後の人が松陰先生でした。


松陰先生が処刑される少し前、橋本左内さんが26歳の若さで処刑されたのですが、橋本さんと同室だった勝保さんという方が、今度は松陰先生と同室になり、橋本さんのことを聞いた松陰先生は『会って話をしたかった』と留魂録に書き残してます。


ちなみに、老中板倉勝静さんは井伊(←呼び捨てw)のやりすぎを注意したら、反感買ってしまったという方。


午後からは靖国神社の啓照館にて講演会に参加してきました。



大量の資料を渡され、若干怯む。

講師の方は松陰先生の妹さんの子孫の方。


主に、書簡、留魂録の解説でした。



帰り道、大山巌がいたので。 大河の大山はこれから太るのでしょうか。どうなんです?反町さん。
今ここに生きる理由がきっとある
馬に躍動感がないのは、重くて動きたくない感を出してるのか? それとも、おめーの分かりにくい扶助じゃ動かねーぜっ!って感じなのか?



日本橋にある『おいでませ長州館』(←正式には山口館だけど、あえて)にも行ってきましたww


長州好きの方の繋がりで知ったんですけど、長州好きにとっては聖地じゃぁぁぁ~~~

店内は若いお嬢さんたちで溢れかえってました。


夏みかん侍げっとー合格 これ、好きなんだーラブラブ

ポン酢もね。 


書籍もげっとー

奇兵隊結成150周年記念。一坂氏が書いてます。


(一) 高杉晋作・白石正一郎・宮城彦助・河上弥市

(二) 赤祢武人・阿川四郎・時山直八・福田侠平


・・・あれ?ガタがいない


って思ったら、編集後記にページ数の問題で泣く泣く外した。最近『奇兵隊戦記』を出版したからそっち読んで。って書いてありました。


もう、とっきーとガタのコンビがいいっ!! とっきーが、ずっとガタの傍にいてくれたら、ガタの人生もちょっと違ったんじゃないかな。なんて。 


こっちのコンビも好きw 聞多のキメ顔・・・ウケる!!


そういえば、高杉さんを大河の主人公に!ってプロジェクトがあるらしいんですけど・・・


高杉さんが主人公だと、大政奉還前に終わっちゃうんで、ここはぜひ!!


市ィ(山田顕義)を主人公にして、四境戦争~北越戦争~箱館戦争~明治をぜひ!!


容保公の三男を養子に貰うとことか。


市ィから見た松陰先生・高杉さん・久坂くん・桂さん。ガタとの対立、面白いと思うんだけど。


箱館戦争では大鳥ちゃんもイバハチも大河に出る可能性が!!!(←結局はそこ)

ロープウェイに乗ってで寝姿山も行ってきました。
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松陰先生たちが舟を漕ぎ、米艦へ向かった弁天島もよく見えます。
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遠くに見える灯台がある島。(〇で囲ってあるとこ) 有名ダイビングスポット神子元島です。

ハンマーヘッドシャークが見れます。わたしはまだ見た事ないんですけどあせる 

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砲台(見張所)もあったり。
今ここに生きる理由がきっとある
嘉永2年(1849年)英国測量船マリナ号の入港を機にこの見張所が造られました。

ちなみに、この大砲は米国船に搭載してあったものだそうです。


見学時間が30分しかなかったので、ゆっくり見られなかったんですけど、山の上にある写真館でコスプレ写真撮れるっぽいです。 



弁天島の先にある銅像『踏海の朝』

この銅像、めっちゃカッコいいです。


この碑は弁天島の手前に建ってる松陰先生と金子くんの碑
今ここに生きる理由がきっとある
碑石はヤジ、題字はガタ。 
松陰先生がらみの題字ってガタが多い気がする。そんな7ことないか。よくわからん。

道の駅で入ったお手洗いの壁に貼ってあった↓

おもしろいというか、むしろ残念エピソードだと思うが。



お土産。


ペリーキューピー

キューピーちゃんはカッコいいですけどね。なぜこうなったはてなマーク



お決まりのご当地楽習帳。 そして、飴。



下田開国博物館で購入した冊子。

初心者にもとても分かりやすく、それでいてマニアック志向。

松陰先生のクレイジー行動が追えます。


これ、一冊で十分だな。と、わたしは思った。



御朱印も頂いてきたんですけど、玉泉寺のものは初代米国総領事館了仙寺のものは日米下田条約終結之処って書いてありましたよ。



下田、想像以上に松陰先生を感じられる場所でしたww


おわり。