松陰先生最期の地 | 今ここに生きる理由がきっとある

今ここに生きる理由がきっとある

ブログの説明を入力します。

やっと行くことができましたー


伝馬町牢屋敷跡
今ここに生きる理由がきっとある

慶長18年から明治8年まで江戸の牢獄として使われていました。


安政6年


5月14日 松陰先生を東送させるよう命令が下る。


6月24日 江戸に着き毛利藩邸内の獄に入れられる。


7月 9日 伝馬町牢屋敷に入れらる。


ここには当時江戸にいた高杉さんも通っていて、松陰先生の為にお金を届けてます。


高杉さんが松陰先生に投げかけた問い「男子たるもの死すべきところはどこなのか?」に、

「死して不朽の見込あらばいつでも死すべし。生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし」という手紙を出したのもこの獄からです。


10月26日 留魂録を作る。


10月27日 死罪の申し渡しがあり、正午頃処刑される。


絶筆

10月27日呼出しの聲(声)をききて

此の程に思い定めし出立はけふきく、こそ嬉しかりける


辞世

身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂



裏側

安政の大獄で処刑された最後の人が松陰先生でした。


松陰先生が処刑される少し前、橋本左内さんが26歳の若さで処刑されたのですが、橋本さんと同室だった勝保さんという方が、今度は松陰先生と同室になり、橋本さんのことを聞いた松陰先生は『会って話をしたかった』と留魂録に書き残してます。


ちなみに、老中板倉勝静さんは井伊(←呼び捨てw)のやりすぎを注意したら、反感買ってしまったという方。


午後からは靖国神社の啓照館にて講演会に参加してきました。



大量の資料を渡され、若干怯む。

講師の方は松陰先生の妹さんの子孫の方。


主に、書簡、留魂録の解説でした。



帰り道、大山巌がいたので。 大河の大山はこれから太るのでしょうか。どうなんです?反町さん。
今ここに生きる理由がきっとある
馬に躍動感がないのは、重くて動きたくない感を出してるのか? それとも、おめーの分かりにくい扶助じゃ動かねーぜっ!って感じなのか?



日本橋にある『おいでませ長州館』(←正式には山口館だけど、あえて)にも行ってきましたww


長州好きの方の繋がりで知ったんですけど、長州好きにとっては聖地じゃぁぁぁ~~~

店内は若いお嬢さんたちで溢れかえってました。


夏みかん侍げっとー合格 これ、好きなんだーラブラブ

ポン酢もね。 


書籍もげっとー

奇兵隊結成150周年記念。一坂氏が書いてます。


(一) 高杉晋作・白石正一郎・宮城彦助・河上弥市

(二) 赤祢武人・阿川四郎・時山直八・福田侠平


・・・あれ?ガタがいない


って思ったら、編集後記にページ数の問題で泣く泣く外した。最近『奇兵隊戦記』を出版したからそっち読んで。って書いてありました。


もう、とっきーとガタのコンビがいいっ!! とっきーが、ずっとガタの傍にいてくれたら、ガタの人生もちょっと違ったんじゃないかな。なんて。 


こっちのコンビも好きw 聞多のキメ顔・・・ウケる!!


そういえば、高杉さんを大河の主人公に!ってプロジェクトがあるらしいんですけど・・・


高杉さんが主人公だと、大政奉還前に終わっちゃうんで、ここはぜひ!!


市ィ(山田顕義)を主人公にして、四境戦争~北越戦争~箱館戦争~明治をぜひ!!


容保公の三男を養子に貰うとことか。


市ィから見た松陰先生・高杉さん・久坂くん・桂さん。ガタとの対立、面白いと思うんだけど。


箱館戦争では大鳥ちゃんもイバハチも大河に出る可能性が!!!(←結局はそこ)