高杉さんの後をつけてみる@江戸編 | 今ここに生きる理由がきっとある

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日曜日。お花見を兼ねて、高杉さんの足跡をなんとな~く辿ってみました。



高杉さんがいた桜田藩邸は日比谷公園の北西部~法務省あたりがその敷地だそうです。



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長州藩上屋敷(桜田藩邸)


聞いていた通り、桜は終了してました(=◇=;)

桜は終わってたけど、花壇はカラフルに春らしくなってました音譜




この辺が藩邸跡かなー


テニスコートから向こうの法務省



藩邸の配置図があれば、この辺が有備館で~とかいって、妄想も出来るのに(-з-)



藩邸付近にあった水飲み場。日比谷公園ができた明治36年のもの。


馬も飲めるように水受け。



築山にも登ってみたけど、とにかく滑る! 雨の日は危険です。




ちょうど大河で安政の大獄が始まったけど、松陰先生が伝馬町の獄に送られた時は高杉さんは昌平坂学問所に遊学中でした。


桜田藩邸から学問所まで歩いてみようと思ったのですが、結構雨が降っててしかも寒い!


というわけで、電車で・・・20分くらいで到着!



昌平坂

学問所で高杉さんのご学友だったのが、わたしの大好きな唐津藩士 大野右仲(すけなか)くん♡



2人は仲が良かったので、一緒にこの坂を登ったり下ったりしたこともあったのかな(´∀`)



その後、戦うことになるなんて(´・ω・`)



第二次長州征伐では小倉口を唐津藩主小笠原長行様が総督。対する長州側は高杉さん、ガタが指揮。


この時、大野くんが加わっていたのかは分かりません。






湯島聖堂 (昌平坂学問所跡)

学校が終わった後『これから、久坂も誘って遊び行く?』なんて言ってたのかな (←激しく妄想中)




昌平坂学問所は関東大震災で焼失してしまっているのですが、入徳門と水屋だけは焼けずに残っています。


入徳門 宝永元年(1704年)建造 





孔子の像

これは昭和50年のもの。



ぐるりと回ったあとは、神田明神



学問所の近くだから、絶対行ってるはず。







神馬の明ちゃん、いなかった。雨だもんね。




その後、せっかくだから湯島天神へ行こうって事になり・・・


結構歩いた。


途中でものすごい坂を発見!!

実盛坂っていうらしい。


この地形って、池の名残りっぽい。(説明板には特に記述はありませんでした)

新宿の荒木町も高須藩邸にあった池の名残でこんな感じの地形になってるんですよね。




湯島天神


雄略天皇2年(485年)創建と言われていて、文明10年(1478年)太田道灌が再建

太田道灌出てきたー(*゜▽゜ノノ゛☆  道灌ゆかりの地に住んでるわたしは嬉しいのだ♡



でも、ただひたすら寒かった・・・



そんな感じで、江戸巡り終了。



次回は大鳥ちゃんルートを辿ってみようと思ってます。

いつになるか分かりませんが( ´艸`)