萩行ってきました~① | 今ここに生きる理由がきっとある

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第2回 萩・幕末維新検定 【上級・師範コース】 受験してきました!!


前回より受験者が減ってしまったようで・・・∑(゚Д゚)



テレビ来てませんでした( ̄□ ̄;)



萩にゃんは来てた。前日は山口市にいたらしい。


上級なだけあって、ものすごい難しかったです(´□`。) 記述問題より選択問題の方がわたしには難解でした・・・



長倉さま、たま助さま、応援メッセージありがとうございました(〃∇〃)


お2人の応援の甲斐なく、見事に撃沈してしまいましたが。


そのレポはまた後でUPするとして、少し観光をしてきたのでそちらのレポを先にしようと思います。



萩ももう5回目だけど、まだまだ行っていない場所がたくさん。

 

今回は浜崎・寺町を散策です。 ここも初めてではないんだけど、前に行った時は時間が無くてゆっくり見られなかったので。



まずは、海潮寺

こちらには、藩校明倫館の聖廟が移築されていて、本堂に使われています



こちらには、長井雅楽さん、小幡高政さんのお墓があります。


ずっと来たかった場所で、やっと来れました~


近くに、長寿寺があって、(写真撮り忘れました) 河上弥市さん、入江九一さんのお墓があります。

こちらもやっとお参り出来ました。 



保福寺

金子重之助くんのお墓があります。


場所が分からなくて、ちょっとうろうろしてしまいました。

紀行でも解説してましたが、寅次郎が自分の食事代を削って貯めたお金で寄贈した花立。

綺麗にお花が供えられていますが、ボランティアの方が綺麗にしているそうです。



梅屋七兵衛旧宅


道に迷ってうろうろしてたら、通りがかりの方が案内してくれましたwww

この地区は話しかけられる率高い。


梅屋七兵衛さんは商人で、藩の命で長崎で鉄砲の買い付けに行くのですが、イギリス人のガールさんと交渉しているとき、長崎奉行に見つかりガールさんと上海へ逃亡。 1年後無事に鉄砲を購入して萩に戻ってこれました。


維新後は大阪で商売をしていたのですが、晩年は萩に戻ってきてこの家で暮らしていたのです。



浜崎は伝統的建造物群保存地区になっていて、江戸時代の建物が44棟も残っています。


旧中山家・旧山村家は見学OK







旧萩藩御船倉



旧山村家のスタッフの方が内部を見せてくれました。



萩藩主の船が格納されていたところで、当時はこの建物が3棟あったそうです。


こんな感じ。

大正時代に埋め立てられたので、今は陸地になってます。


御船倉の扉はもちろん、後付。防犯上付けてるんだそうです。


山陽道が整備される前まで、参勤交代はここから船に乗って三田尻まで行って、三田尻から船で大阪へ。 そこから陸路で江戸まで行ったそうです。


萩と三田尻の地理はこんな。


ここまでで話しかけられた人全員に『泉福寺に行くといいよ。吉田松陰の位牌があるよ』と教えていただきました。 


泉福寺 一押し。





鶴江の渡し


唯一残っている渡し船で、手漕ぎの和船で対岸と結んでいます。


乗りたかったけど、船無かった。 残念。


浜崎地区はこんな感じでした。



さらっと終わるつもりだったけど、全然さらっといかなかった・・・


続きます