長州旅行☆宿泊は松田屋ホテル②&聞ちゃんの後をついていく | 今ここに生きる理由がきっとある

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なかなか先に進まない長州レポ。湯田温泉はもう少し続きます。 



松田屋ホテルのお庭はこんな感じ


浴衣の柄が変わってるなーと思ってよく見たら志士たちの署名!!

こんな浴衣初めて見たし。



夕食は懐石のコース
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珍しいものばかりで、美味しくいただきました。


驚いたのが朝食!! 量がとんでもなく多くて、食べきれませんでしたあせるあせる

朝からイカ刺し、フグの干物は嬉しかった♡



朝食後は朝のお散歩。


松田屋の裏には瓦屋という旅館がありました。

ここは市ィの奥様、龍子ちゃんの実家。


市ィはここの旅館の常連で、いつの間にかいい仲にラブラブ


が、武士と旅館の娘では身分が違いすぎて結婚できない怖い


聞多に『どうしたらいいっすか』と相談したところ『わしの養女にすればえぇよ~』と、あっさり解決。

というわけで、龍子ちゃんを聞多の養女にして身分を合わせてから結婚したのです。


はたして市ィは聞多のことを『父上』と呼んだのか!? 真相は!?


補足ですが、市ィの死後、長女の梅子ちゃんの婿養子になったのは松平容保公の三男。



瓦屋の後ろは藩のお茶屋御茶屋臨野堂跡がありました。

松陰先生、高杉さん、桂さんなど、お馴染みメンバーが密会の場として使っていたお茶屋。



元治元年。井上聞多は藩庁から自宅に帰る途中、中園町袖解橋で俗論党に襲われ、瀕死の重傷を負います。

俗論党とは簡単に言えば保守派の佐幕。

第一次長州征伐後は優位に立っていたんだけど、高杉さん率いる改革派(正義派)が功山寺でクーデターを起こして改革派(正義派)が勝ち、俗論党は消滅しました。


これお墓じゃないですよ。

たまたま、名医がいて一命を取りとめる聞多。 なんでトドメをささなかったのか謎。



そんな聞多の自宅は今は公園になっています。


聞ちゃんどこ見てるんだろう。 遭難した方向か!?



実美さんら七卿が山口に落ち延びてきたとき、聞多の自宅の離れを宿舎としました。

これを何遠亭(かえんてい)といいます。

ここから松田屋まで出かけていたんですね。



聞ちゃんちには足湯があります。

まさか、聞ちゃんちでお風呂(足湯だけど)に入れるとはビックリマーク


のんびりお風呂に入ってたら瀕死の聞多が運ばれてくるのだ。