箱館旅行☆2日目① | 今ここに生きる理由がきっとある

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前日はいい天気だったのですが、30日は予定通り雨です。 しかも、ものすごく寒いあせる


2日目もマニアックな観光をお送りしますチョキ


函館市公式観光協会情報サイトの函館まちあるきマップ ここから

分かりやすくて、新選組の足跡をめぐるのに役に立ちました。



ホテルからの眺め。
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朝食は海鮮食べ放題ラブラブ 朝からカニとかイクラとか、贅沢ドキドキ
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・・・食べすぎて、胃痛。 食べ過ぎ注意ビックリマーク



まず始めに行ったのが新選組最後の地

弁天台場跡

箱館開港と共に箱館警備の為に元治元年に完成した六角形の台場で、箱館戦争時には新選組が守備していた場所です。

降伏後は額兵隊が謹慎してました。


案内板にあった古写真


そのまま漁港まで行くと弁天台場の石組みが見られます。

この写真、石組みの上に乗って撮ったんだけど、強風にあおられて落ちるかと思ったビックリマーク

一瞬で傘折れたし。


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この石碑の台座も弁天台場のものです。 公園の碑を見ただけで満足してちゃいけませんよ~合格
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数年前までは函館どっく(株)の門の前に木碑が立ってたはずなんですけど、それは見当たらず。


【参考図書:箱館戦争写真集P148~150】



次に向かったのは


称名寺


土方さん・野村くん・栗原さん・糟谷さん・小林さんの供養碑があります。
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箱館病院分院だった高龍寺 当時あった場所とは違います。
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明治2年5月11日の箱館総攻撃によって新政府軍により傷病者は惨殺、お寺は焼き討ちされました。

その時、犠牲となった会津遊撃隊士を悼み、旧会津藩士が傷心惨目の碑を建てたのです。



上山大神宮

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桑名藩元藩主定敬様の御座所だった神社です。


高台にあるので、眺めがとてもいいです。晴れてれば・・・ 
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桑名藩家老の酒井くんもこの坂、登ったんだねぇ。お疲れ様です。


ちなみにこの神社、幕末の頃、龍馬さん、武市半平太さんの親戚の方が神職を務めてたとのことです。

残念な事に神社の写真がコンデジでもスマホでも撮ってなかった・・・あせる


次に向かったのは大津屋田中正右衛門跡


桑名藩元藩主・定敬様を恭順させるため、桑名藩家老・酒井孫八郎くんが滞在していた場所です。

ここでお雑煮食べてたんですね~。

土方さんも来てます。


たぶんこの辺www 

【参考図書:新選組を歩くP141】


続いて丁サ跡


丁サには土方さんが滞在していました。

酒井孫八郎さんの日記には1月6日は丁サで土方さんと面談と書いているのですが、それ以外は面談する。としか書いていないので、どこで面会したのか分かりません。

『大町丁サ印二寓居土方歳三ヲ相訪面談夜引取ル』


5月1日~4日は中島登覚え書に書いてあります。

『大町「サ」シルシ方エ休息』


丁サ跡自体には碑はないのですが、高田屋本店跡の前が丁サだということで・・・


高田屋本店跡の碑あった!!

反対側は個人のお宅なので載せませんが、ここに居たんだ~と思うと妄想が炸裂です。


【参考図書:新選組を歩くP141】



沖ノ口番所跡
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箱館市中警備の新選組の拠点



②に続く