箱館旅行☆1日目② | 今ここに生きる理由がきっとある

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江差を後にして、向かった先は木古内


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☆第一次木古内戦☆ -大鳥ちゃん目線-


4月11日

木古内に新政府軍の進軍の報告を彰義隊から受ける。


4月12日

援軍を率い五稜郭を出発。

斥候部隊が湯ノ岱から進軍してきた新政府軍と遭遇。


4月13日

兵を配置して追撃を待ったが敵兵現れず。


4月14日

新政府軍が進撃開始。彰義隊と戦闘。

額兵隊を山へ登らせ、伝習隊を川に沿って平地へ配置、胸壁から攻撃をしつつ、挟み撃ち攻撃により敵を撃退。


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☆第二次木古内・不矢来戦☆ -大鳥ちゃん目線-


4月20日再戦

前回の敗戦から新政府軍は兵力を増強。

陸地は松前口からと木古内口から。海からは春日からの砲撃を受け、大鳥ちゃんは全軍撤回を命じる。

この時、遊撃隊の伊庭八郎が被弾。


木古内から撤退した旧幕府軍は不矢来~茂辺地~富川に布陣。

山中に伝習歩兵隊・遊撃隊・砲兵隊を置き、海岸線に額兵隊、天満宮の森に衝鋒隊を配置。


4月28日

新政府軍の攻撃が開始。

海から陽春が茂辺地を攻撃したあと、さらに丁卯と共に不矢来を攻撃。

さらに、陸からの攻撃を受け全軍、富川まで撤退。


木古内での古戦場跡の場所が全く分からず・・・


薬師山は低い山なので、登ろうと思えば登れたんだけど、結構疲れてたんで見上げるだけで帰って来たあせる 登ってくれば良かったと激しく後悔。


木古内みどころマップ。
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唯一分かったのがここ。イバハチ(伊庭八郎)が被弾した場所。
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数年前までは『白馬騎士奮戦地』って書いてあるがあったみたいなんだけど・・・


見つけられませんでしたあせる まぁ、案内板なんか無くても、妄想で補えるしDASH!


ちなみに白馬騎士っていうのは白馬に乗って陣頭指揮を執っていた大鳥ちゃんの事です。


南柯紀行にはとしか書いてないんだけど・・・


その南柯紀行には28日の戦いのことを、こう書いています。

『海軍春日艦、朝陽艦、甲鉄艦より不矢来砲台に向け発砲烈しく、陸軍も左右の山より襲い来りし』

『軍艦より飛来る大弾雨の如くにて、それは谷に落ち、木を倒し、胸壁を崩し、土を四方に飛散し、勢甚だだ猛烈なり』


不矢来を守りきれなかった大鳥ちゃんを責める土方ファンは、どうせ知らないんだろう。


こうして不矢来が破られた為、二股口に布陣していた旧幕府軍は退路を断たれる可能性があるため、五稜郭へ帰陣します。


【参考図書:箱館戦争写真集P108~111、P120~128・大鳥圭介伝・南柯紀行】



そのまま、海岸線をぶんぶん進んでいくと、見えてくるのが咸臨丸
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かつては勝海舟さんを乗せてアメリカまで行った彼ですが、戊辰戦争の際、新政府軍に拿捕され、明治になってからは、開拓使の輸送船として頑張って働いていた彼。


実は木古内で沈没していたのです・・・
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回りはチューリップ畑になってて、チューリップが一面に咲くみたいです。

行った時はもちろん一本も咲いてなかったっすよ。なので、殺風景すぎて切なさが倍増です汗


この咸臨丸、大きそうに見えて実際『小っさっ!!』って言っちゃうほど小さいです。


咸臨丸を見た後は、函館市内へ突入です。


いざ碧血碑へ!!


長くなったので一旦切りますね~。こっちはコメ欄閉じておきます。


③に続く